指揮官から「このまま終わるぞ?」 2軍落ちで涙のドライブ…ラオウが乗り越えた苦悩

歓喜の輪に加わるオリックス・杉本裕太郎【写真:荒川祐史】
歓喜の輪に加わるオリックス・杉本裕太郎【写真:荒川祐史】

32歳の杉本裕太郎に中嶋聡監督「今のままだと無理だぞ」

 ハンドルを握る手は震え、目が潤んだ。聞こえてくるメロディに自身を重ね、丸めていた背筋はピンと伸びた。リーグ3連覇に導いたオリックスの杉本裕太郎外野手には、忘れられない夜がある。「今のままだと無理だぞ。下(2軍)で、もがいてこい。このままだと終わるぞ?」。声の主は中嶋聡監督。今季3度目の2軍落ちが決まった8月18日の夜、杉本はいつになくアクセルを踏む右足に力が入らなかった。

「僕にとって、あの言葉は愛情です。中嶋監督から『このままじゃ終わるぞ』と言われた時にハッとしました。若い外野手の名前がポンポン頭に浮かんだんです。オリックスは未来あるチームだけど、僕もまだまだ活躍したい。誰が相手でも、負けたくない。危機感は常にあります。その自覚しかないんです。だから、監督が素直に僕に言ってくれたことが、どれだけ幸せなことか理解しています」

 夜空の信号待ちで流れる玉置浩二の名曲が胸に刺さった。真っ赤にした目を擦り、思わず音量を上げた。「真っすぐ伝えてくれた監督の言葉が本当にありがたかったんです。抹消ってだけでなく、年齢も30代になってきたので『このままだと終わるぞ?』って。厳しい言葉ですけど、僕は愛を感じた。だからこそ、本気で頑張るしかないと。結果が出ない日、苦しいですよ。でも、僕は諦めちゃいけなかった。諦めるのは簡単だけど、期待に応えたいなと思う気持ちの方がはるかに強かった。ストレートに言う方も辛いと思うんです」。前に進めなかった。何度もブレーキを踏み、途中で止まった。後部座席には、数分前に積み込んだ野球道具。出直すしかなかった。

「この話を聞いた周りの方からすれば、厳しい言葉なのかもしれない。でも、あの時の僕にとって、これ以上ない言葉だった。ハッキリ言ってくれて……後から込み上げてきたんです。頑張るしかないなって。いや、もう1回、頑張らせてもらえるんだなって。ファームで調整する時間を与えてくれた。這い上がるしかなかった」

 翌朝、早く起きて大阪・舞洲の球団施設に向かった。「来年になったら、また新しい戦力がどこかから来るかもしれない」。2015年ドラフト10位でオリックスに入団し、8年目。中嶋監督が1軍監督代行を務めた2020年にブレークするまで“戦力外”のワードと隣り合わせだった。「オフの時期に、知らない番号から電話が鳴る度に、ビクビクしていましたから……」。もう、あの思いはしたくない。掴んだポジションを失う怖さも知った。

「正直に言います。朝起きて、球場に行きたくないなと思う日もあります。体が重たくて、動けないんです。結果が毎日続けて出たら良いんですけど、そんな簡単にうまくいかない。自分を言い聞かせるように起き上がって、車に乗って……。運転中は音量を上げて、歌うしかなかった。80、90年代の名曲が沁みるんです。歌詞に深みがあって……。なんとか自分に打ち勝って、球場に着いたら仲間がいる。みんなの顔を見たら『よし、頑張ろう!』って思う毎日でした」

必死に努力を積み「ファンのみんなと喜びたいから頑張れる」

“親友”も奮闘する1人だった。福田周平外野手の野球と向き合う姿勢に、何度も刺激を受けた。「あいつは、顔を合わせて話す度にポジティブで僕とは全然違う。マイナスに捉えない能力がある。僕とは正反対なので、本当に勉強になります」。仲間の存在が、心の支えだった。杉本は今季から選手会長に就任。「お前が選手会長になった途端、弱くなったと言われるのは嫌だった。だから、いろんなことを考えてました。(吉田)正尚がおらんくなったこともあったし、2連覇した後に選手会長をやるのはプレッシャーがありました。このタイミングで……大丈夫か? という不安はありました」。好きだった野球から離れたくなる日もあった。

「考えても解決できない問題もあるんです。今年はとくに多かった。美味しいご飯、甘いスイーツを食べて打席を忘れるしか方法はなかった。でも、それは息抜きでしかない。僕たちはプロ。打って、ファンのみんなと喜びたいから頑張れる。真剣に仕事と向き合う。結構、しんどいことですけど、そんなことを忘れられる瞬間が、僕たちにはあるんです」

 根っからの野球少年は、知らない間に大人となった。徳島で育った幼少期から1キロのマスコットバットを持ち歩き、母親にグリップエンドへ「杉本裕太郎」と書いてもらった思い出から、もう20年以上が経つ。「しんどいことばっかりですよ。でも、それだけじゃない。僕はすごく運が良い。恵まれているんです。僕のことはなんでもいい。みんなに知ってほしいことは……。オリックスって良い人が本当に多いんです。選手もスタッフもみんな優しいし、同じ方向に進んでいる」。大きな背中で、描いた夢、憧れをずっと忘れない。野球少年少女の前では“ラオウ”はヒーローに変身する。

「乾杯の挨拶、なんて言えばええ? 思ったこと、そのまま言うたらええんかな?」

 3連覇が決まる前日、人前での挨拶に緊張してソワソワした。選手会長は、迎えた歓喜で発声の音頭を取る。もう、苦悩を仕舞い込む必要はない。汗にまみれた笑顔の中で浴びた美酒なら、誰にも涙に気づかれなかった。

(真柴健 / Ken Mashiba)

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