劇的逆転サヨナラ弾で“激戦区”8強 1997年以来の聖地へ…復活の道を進む「Y校」

秋季高校野球神奈川大会で8強まで勝ち進んでいる横浜商【写真:大利実】
秋季高校野球神奈川大会で8強まで勝ち進んでいる横浜商【写真:大利実】

春夏16度の甲子園出場を誇る横浜商が今夏4強に続く秋ベスト8

 9月9日に開幕した秋季高校野球神奈川大会。夏の甲子園を107年ぶりに制した慶応義塾、覇権奪回を狙う横浜や東海大相模など、ベスト8が出そろった。

 公立勢として唯一勝ち残ったのが、春夏16度の甲子園出場を誇る古豪・横浜商(横浜市立横浜商)だ。高校野球ファンにはお馴染みの「Y校」。1896年に創部された、県内最古の野球部である。

 保土ヶ谷球場で行われた4回戦では、嶋田青太が起死回生の逆転サヨナラ2ランを放ち、桐蔭学園に4-3で勝利。先発の平野友也が9回表に逆転こそ許したが、得意のタテスラを武器に公式戦初完投。今夏のベスト4に続き、2季連続で準々決勝にコマを進めた。

 1点ビハインドで迎えた9回裏、一死から1番・橘絆がレフト前にしぶとく落とすと、打席には2番・嶋田。外野手の寺島崇生とともに、レギュラーとして今夏ベスト4を経験してきた選手だ。

 ここまで4打数2安打。打席に入る前、一塁側ベンチに目をやると、菅沼努監督が「お前に任せた。思い切って振ってこい!」とジェスチャーを送っていた。

 腹を括った嶋田は、「打つなら真っすぐしかない」と、ファーストストライクのストレートに狙いを定め、集中力を高めた。初球、真ん中付近のストレートを完璧にとらえると、高く上がったフライは外野方向に吹いていた風にも乗り、レフトスタンドの最前列に飛び込んだ。

逆転サヨナラ2ランを放った横浜商・嶋田青太【写真:大利実】
逆転サヨナラ2ランを放った横浜商・嶋田青太【写真:大利実】

殊勲の1発は公式戦第1号「信じられないです」

 右手を高く突き上げ、ガッツポーズをしながらベースを回る嶋田。一塁側ベンチからは仲間が勢いよく飛び出し、ヒーローを出迎え、歓喜の輪ができた。

 試合後、「公式戦1本目で、練習試合を入れても2本目。信じられないです」と興奮気味の嶋田。それでも、練習で培ってきた自信を持って、打席に入ったという。

「みんなで一緒にバットを振ってきたので、そこに関しては自信がありました。全体練習では3カ所バッティングや、実戦を想定した1か所バッティング。暗くなってきたら、素振りやティーバッティング。去年の先輩たちより打力がないのはみんながわかっているので、その分、バットを振る回数を増やしてきました」

 朝も自主的に集まり、可能なかぎりスイングを重ねた。

 菅沼監督が徹底しているのが、「チャンスでのファーストストライクは必ず振る。そこでバットを振れない選手は、なかなか結果が出ない」。裏を返せば、練習で培ってきた自信がなければ、勝負所でバットを振ることはできない。

横浜商・門脇嵩世【写真:大利実】
横浜商・門脇嵩世【写真:大利実】

“その気”になることが何より重要

 横浜商が甲子園の土を踏んだのは、1997年春が最後になる。2008年の南神奈川大会でベスト8に勝ち進んで以降、2018年の秋季大会までの約10年間、準々決勝に一度も勝ち残れない時代もあった。

 横浜市立高校としての特色を出すために、2014年にはスポーツやスポーツビジネス、健康に関する学びを行う専門学科「スポーツマネジメント科」が新設された。野球部員のおよそ半数が、同科で学ぶ。「スポーツ科学」の授業があり、トレーニング理論や実技を学ぶことができる。

 さらに、横浜市の補助を受けて、学校内のトレーニングルームを改装。最新トレーニング機を導入し、横浜市医科学センターのサポートのもと、高度なトレーニング指導を受けている。専用グラウンドも持ち、公立の中で恵まれた環境にあるのは間違いない。

 菅沼監督は2022年1月から指揮を執る。もともとは横浜市の公立中の教員を務め、1998年には横浜市立菅田中を率いて全日本少年軟式野球大会に出場した実績を持つ。このときの教え子に山口鉄也(元巨人)がいる。前任の横浜市立戸塚高校では強打線を作り上げ、私学を何度も苦しめた。63歳のベテラン監督である。

「公立は、自宅から通える地元の生徒ばかり。地元の子たちで、私立に一泡でも二泡でも吹かせたい。それは、私に限らずみんなが思っていることです。選手に言っているのは、どの大会でも常にベスト4、ベスト8に入り、優勝争いに絡むこと。それを続けていけば、どこかで必ずチャンスはくる。甲子園を本気で目指し、選手たちが“その気”にならなければ何も始まらないですから」

 夏のベスト4からレギュラーの大半が入れ替わったが、「みんなが一生懸命に練習するチーム」と、その姿勢を評価する。

「僕が見始めてから、一番練習するチームかもしれません。朝も自主的に練習をしています。こちらが言わなくても、自分たちでできる。そこが一番の強みだと思います」

自分たちから発信してチームを作る

 キャプテンを務めるのは、キャッチャーの門脇嵩世。横浜市立西谷中時代は、軟式の横浜クラブ(市選抜)に選ばれた実績を持つ。もともと公立志向を持っていた中で、西谷中の監督からの紹介を受けて、横浜商の受験を決めた。

 門脇のように、「公立で野球を一生懸命やりたい。私学を倒したい」という考えを抱く中学生の有力候補に挙がるのが横浜商だ。3学年がそろった今夏は、公立では最多の部員122名を誇った。

 キャプテンが考える、公立ならではの特徴とは何か。

「今のY校に関して言えば、自分たちから発信して、チームを作れることです。私立のように監督がずっと長くいるわけではなく、異動で代わっていくこともあるので、その代ごとのカラーを自分たちで作る。その分、大変なところはありますけど、全員でチームを作ることを大事にしています」

 主に打撃指導を担当するOBの原暢規コーチも、「指導者からの指示を待つのではなく、自分たちでプランを考えられる。選手たち自らが一歩を踏み出せるのが強み」と語る。菅沼監督も選手に任せるところは任せ、程よい距離感を保っている。

 23日、準々決勝の相手は横浜。今夏の準決勝に続く、「YY対決」となる。夏は初回に2点を先制するも、横浜の攻撃力に圧倒され、2-12の6回コールドで完敗を喫した。試合後、菅沼監督は「選手たちが頑張っていたので、勝たせてあげたかった」と涙をこぼした。

 2カ月ぶりの再戦。指揮官はどんな戦いをイメージしているか。

「厳しい試合になるとは思いますけど、何とかゲームを作って、終盤まで競っていきたい。今日みたいなことも起こるのが高校野球です。いつも言っているのは、『最終的に勝ち負けがつくのが野球。だから、やれるだけのことをやったうえでダメならしょうがない』。あきらめないで、“その気”になって戦うことが何より大事だと思います」

 Y校復活へ。一歩ずつ着実に、歩みを進めている。

(大利実 / Minoru Ohtoshi)

○著者プロフィール
大利実(おおとし・みのる)1977年生まれ、神奈川県出身。大学卒業後、スポーツライターの事務所を経て、フリーライターに。中学・高校野球を中心にしたアマチュア野球の取材が主。著書に『高校野球継投論』(竹書房)、企画・構成に『コントロールの極意』(吉見一起著/竹書房)、『導く力-自走する集団作り-』(高松商・長尾健司著/竹書房)など。

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