プロに無欲も…名将が即決「すぐ獲れ」 「頑張れば下位」から半年で急転した野球人生|球界群像 葛城育郎#7
元オリックス・葛城育郎氏【写真:山口真司】葛城育郎氏は立命大2年からレギュラー…4年で主将を務めた
1999年、立命館大のキャプテンで主砲の葛城育郎外野手(現・株式会社葛城代表取締役、報徳学園コーチ)はドラフト2位でオリックスに入団した。当時は、大学、社会人のドラフト候補が希望する球団に入団できる逆指名制度(1球団につき2人まで)があり、それを活用した。4年春から流れが変わったという。「その前のキャンプではプロのスカウトの方に『頑張ればドラフト下位でかかるかもしれないよ』と言われていた」。そこから一気にブレークしたのだ。
葛城氏は大学2年(1997年)春に一塁レギュラーとなり、関西学生野球リーグのベストナインに選出された。3年(1998年)になって外野手に転向。春は3番でライトを守り、ベストナインに選ばれた。しかし、立命大は春も秋も2位で優勝はいずれも近大。二岡智宏内野手(元巨人、日本ハム、現巨人2軍監督)や藤井彰人捕手(元近鉄、楽天、阪神、現広島ヘッドコーチ)らを擁する近大を倒すことはできなかった。
二岡氏は1998年に巨人を逆指名して入団(ドラフト2位)。葛城氏は「やはり、ああいうレベルの人がプロに行くんだなと思った」という。その時点でプロはほぼ頭になかった。「3年の時に社会人野球に練習にいって、日本生命とか地元の三菱自動車水島から来てほしいという話にはなっていたので、どちらかに行くつもりでいました」。そんな進路のことよりも、最上級生シーズンでは何としても優勝したい。それが最優先事項だった。
大学4年時は春秋リーグ戦を連覇…日米大学野球メンバーにも選ばれた
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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