イチローの反対で消えた幻の登録名 周囲を納得させた本質の一言「俺は鈴木だから…」

オリックス時代のイチロー氏【写真:共同通信社】
オリックス時代のイチロー氏【写真:共同通信社】

葛城育郎氏は逆指名制度でオリへ…イチローの後継者として期待された

 逆指名制度を利用して立命館大から1999年のドラフト2位でオリックス入りした葛城育郎外野手(現、株式会社葛城代表取締役、報徳学園コーチ)への期待は大きかった。当時、将来のメジャー移籍が確実視されていたイチロー外野手の後継者候補とも言われた。名前の響きも似ていたこともあり、登録名も「イクロー」にする案が浮上していた。「最初、そんな話になっていましたけど、しなかったですね」。幻になったのはイチロー氏の“反対”もあったという。

 葛城氏は自身のドラフトについて「オリックスにはすごい評価をしていただきました。(監督の)仰木(彬)さんがけっこう推してくれたみたいで、すごくありがたかったです」と振り返った。イチロー氏に関しては「あの当時、僕の中ではイチローさんは2年後にFAで(メジャーに)行くので、2年後に(ポジションが)1個空くのかなと思って、それを目指して2年間頑張ろうと思っていた」という。

 そんな中で登録名「イクロー」が検討されていた。葛城氏は正直、最初から乗り気ではなかったようだが、結局なしになったのは「イチローさんの一言があったからです」という。「イチローさんが『イチローとイクローで外野を守っていたら、どっちを呼んでいるかわからなくなるからやめてくれ』って。『俺は(同じ名字の選手がいた)鈴木だからだったけど、イクローは葛城だから、ほかにいないからいいだろ』って。良かったです。言ってくれて」。

 プロ1年目、2000年2月の宮古島キャンプではそのレベルの違いに衝撃を受けた。「キャンプで、バッティングの組がイチローさん、田口(壮)さん、谷(佳知)さん、僕だったんですよ」。いきなりオリックスの主力3人と一緒に回り、ついていくのも大変だった。「(プロでも)自分のスタイルでいけるかなと思っていたんですけど、無理と思いました。この人たちがやることが上すぎて自分が恥ずかしくて、もう一度ゼロからしないといけないのかなと思いました」。

 強烈すぎる刺激剤だった。「一緒の組でやらせてもらって、自分のレベルの低さが分かって良かったです。1軍のレベル、プロのトップレベルを肌で感じて、目で見られたんでね。あれがなかったら、僕はもっと落ちたと思います」。懸命にくらいつき、キャンプを全う。オープン戦も1軍に帯同していたが「最後の1週間くらいでファームに落ちた」。やり直した。「どんな速い球にも負けないように振ろうと思った。振りだけは速くと思ってやりました」。

元オリックス・葛城育郎氏【写真:山口真司】
元オリックス・葛城育郎氏【写真:山口真司】

プロ初安打がホームラン…4打席連続三振の後の一発だった

 2軍で結果も残した。「ファームで11本でしたかね、そこそこ打ってて、パンチ力が出てたのかなと」。7月21日、松山で行われたフレッシュオールスターにはウエスタンの「6番・右翼」でフル出場。4打数無安打に終わったが、それも「全打席ホームランを狙った」結果だった。そして8月27日のロッテ戦(グリーンスタジアム=GS神戸)で1軍初出場を果たす。延長11回に代打で登場したが、3球三振デビュー。ロッテ・小林雅英投手に封じ込まれた。

「覚えています。151、152、151です」。全球空振りだった。「外、外、外でした。ちょっとナチュラルシュートするんですけどね。雅さんとは今でも仲がいいんでしゃべるんですけど『1年目のお前には絶対打たれたくなかった』って言ってました。あの時、ファームには150を超えるピッチャーはいなかった。ちょっとシュートしながらの150は異次元だなって思いましたね」。ちなみに、その試合中にイチロー氏は右脇腹を痛めて途中交代、戦線離脱した。

 葛城氏のプロ2試合目の出場は9月9日の日本ハム戦(GS神戸)で「8番・右翼」でスタメン起用され、3打席3三振。「これで(デビューから)4打席連続三振で、またファームかなと思ったら、仰木監督は次の日もスタメンで使ってくれて……」。9月10日の日本ハム戦(GS神戸)、1打席目に日本ハム・立石尚行投手からホームランをかっ飛ばした。プロ初安打が初アーチ。1年目は12試合に出場し、26打数5安打で2本塁打、3打点の成績だった。

 10月12日、イチロー氏がポスティングシステムを利用してのメジャー挑戦を表明。故障離脱中だったこともあり、10月13日の西武とのシーズン最終戦(GS神戸)の9回に守備固めでオリックス選手として最後の出場となった。「その時、僕がイチローさんと最後のキャッチボールをしたなって覚えています」。キャンプで一緒の組だったくらいしか接点はなかったものの、やはり偉大すぎる存在だった。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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