滴る汗を拭い「羨ましい…」 35歳T-岡田の決意、迷い捨てさせた2枚の100円玉

オリックス・T-岡田【写真:荒川祐史】
オリックス・T-岡田【写真:荒川祐史】

オリックス・T-岡田が振り返る新人時代の衝撃

 熱気あふれる空間で大粒の汗をかき、薄手のタオルで額を拭った。背筋をピンと伸ばした直後、ふうっと息を吐くとポツリとつぶやく。「夢しかないよね。(若手を)見ていて羨ましいよ……」。オリックスのT-岡田外野手は35歳になった今も、入念な準備を怠らない。

 2005年の高校生ドラフト1巡目で履正社からオリックスに入団。高校通算55本塁打を放ち“なにわのゴジラ”の愛称を授かってから18年。「人生の半分以上をプロ野球の世界で生きてきたからね。本当にいろんな経験をさせてもらった。今はね、チームも若返ってきている中で、自分の立ち位置も変わってきている」。穏やかな口調で話すと、細めていた目をカッと開き、また汗を拭いた。

 18年前、期待を胸に扉を開いたプロの世界。ふと思い出すのは新人時代に直面した「現実」だった。高知・東部球場で行われていた春季キャンプで目撃した“一振り”が脳裏に焼き付いている。

「ルーキーの時、2軍キャンプでスタートをしたんですけど、ビックリばっかりでしたね。自信があったわけではないですけど……。シートバッティングの順番を待っていたら、目の前で由田慎太郎さん(現育成コーチ)が(左打席から)左中間スタンドに放り込んだんです。『え、あそこまで飛ばすのが普通なんかな?』と。『俺、この世界でやっていけるんかな……』と思いましたね」。

 記憶に刻まれた残像を頼りに、足場の土がザクザクに掘れるまでバットを振った。まだ体の成長が見込まれる18歳の頃。たくさん食べて、寝て、またバットを握る。打撃手袋は何度もビリビリに破れ、分厚い両手はカチカチのマメで固まった。びしょびしょになった紺色のアンダーシャツを何枚も着替え、球場を出る際には笑顔でペンを走らせた。

 そんな“岡田少年”を見てきた由田コーチが、18年前を振り返る。「優しい子ですよね。性格が良すぎますよ。心の綺麗な選手でした。今も変わりませんけどね」。選手としての能力ではなく“内側の部分”が最初の言葉として出てくるのが、T-岡田らしさ全開だった。

 将来有望な長距離ヒッターとして入団してきた“ゴジ”について、由田コーチは「思っていたよりボールが飛ばなかったですね、最初は(笑)。正直、うわっ! というものはなかった。ドラフト1位で入ってきて『なにわのゴジラ』と言われていたので(打球を)飛ばすんだろうなと思っていたんですけど、そこまでじゃなかった。だから、努力の選手だと思いますよ」。球団寮がまだ神戸にあった頃、同じ釜の飯を食べた仲。今でも、密かに視線を送っている。

オリックス・T-岡田【写真:荒川祐史】
オリックス・T-岡田【写真:荒川祐史】

自動販売機の前で財布にしまった1枚の100円玉

 高々と舞う打球の軌道は、T-岡田が歯を食いしばってきた“道のり”を描いている。通算204本塁打をマークする和製大砲は「神戸で打ったプロ1本目(2019年8月14日)。代打での満塁本塁打(2010年9月16日)。CSでの3ラン(2014年10月12日)。ZOZOでの3ラン(2021年9月30日)……。いっぱいありますよね」と、思い出を選びきれない。

 3連覇を決めた今年9月20日のロッテ戦(京セラドーム)は、再昇格即スタメン出場。持ち前の存在感で、球場の空気を一変させた。「自分の成績がないと、そこ(歓喜の輪)には入れない。そう考えていくと、おのずとチームのために頑張ろうということになる。チームスポーツだけど、個人スポーツでもあるからね。もっと頑張らないとね」。少年だったT-岡田は、今や2児の父となった。

 ユニホームを着ても、首元でキラリと輝くのは結婚指輪だ。「(妻に)頭が上がりませんよ。こういう(遠征の多い)職業についていても支えてくれる。(2人の子どもは)僕らが考えもしないような行動をするから、すごく勉強になる。元気をくれますよね」。グラウンドを離れて帰路につくと、パパの顔に戻る。

 18年目を迎えるシーズン前、大きな体でドッシリとサウナルームに座った。小さな画面をじっと見つめた。映像ではヨガの方法が紹介されている。「めっちゃストレッチをしっかりしても、こんなに簡単に体は柔らかくならないんよ。羨ましいよ、この柔軟性……」。白色のタオルは、汗の色で薄くにじんだ。

 火照った体で、腰にバスタオルを巻き付けると、財布から2枚の100円玉を取り出して自動販売機に入れた。だが、すぐにハッとした。「あ、やっぱり、やめとこう……」。2枚のコインを返却口に戻して掴むと、大きなTシャツを着て、また違う自動販売機を探して歩く。「炭酸(飲料)欲しい(気分の)喉やけどね」。1枚を財布にしまい、改めて、もう1枚の100円玉を投入してボタンを押した。ガコンの音と同時に姿を現したのは、ペットボトルの天然水。決意は固かった。夢見る若手の近くで、自らもまた夢を描く。

○著者プロフィール
真柴健(ましば・けん)1994年、大阪府生まれ。京都産業大学卒業後の2017年、日刊スポーツ新聞社に入社。3年間の阪神担当を経て、2020年からオリックス担当。オリックス勝利の瞬間、爆速で「おりほーツイート」するのが、ちまたで話題に。担当3年間で最下位、リーグ優勝、悲願の日本一を見届け、新聞記者を卒業。2023年2月からFull-Count編集部へ。

(真柴健 / Ken Mashiba)

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