引退から11年、松井秀喜を知らない子ども達 柵越えゼロでも…打撃実演にこだわる理由

野球教室でフリー打撃を披露した松井秀喜氏【写真:中戸川知世】
野球教室でフリー打撃を披露した松井秀喜氏【写真:中戸川知世】

「プライドを捨てて、球場を狭くするか、金属バットを使ってでも」

 巨人、ヤンキースなどで活躍した松井秀喜氏が5日、東京都八王子市のセガサミー野球場で、自身が主宰するNPO法人「Matsui 55 Baseball Foundation」の少年野球教室を開催。毎年恒例のイベントで、フリー打撃披露では49歳にして初めて柵越えゼロに終わったが、子どもと一緒に汗を流し、目の前で打って見せるスタイルを変えるつもりはない。

 2012年限りで現役を引退してから11年目。松井氏は日米で20回以上この野球教室を開き、必ず最後にフリー打撃を披露してきたが、過去に柵越えゼロで終わったことは1度もなかった。しかし、この日は打っても打ってもフェンスをオーバーしない。会場が両翼100メートルの本格的な球場とあって、「広すぎる!」と悲鳴を上げるシーンもあった。

 右翼ポールの約1メートル右を通過する飛距離十分の大ファウルを放つと、「(ポールを)巻いてたよね?」と苦しいジョーク。さらに、手応えのあった飛球がフェンス手前で失速しスタッフのグラブに収まると、「嘘でしょ?」と背中から地面に倒れ込んで悔しがった。そして31スイングを終えたところで、とうとうギブアップ。「どんどん自分のエネルギーが下がってくるのはわかるんですよ。あれ以上やっても無理」と降参した。

「今日は、とうとう私がホームランを打てなくなった記念すべき日。忘れられないと思います」と苦笑。「2、3球は行った感触があったのですが、入らなかった。何が原因かはわかりません。風はなかったですし、球場が広いのか……。まあ、自分のパワーでしょう。パワーが落ちたのではないですかね」と分析していた。

 とは言え、フリー打撃披露を見納めにはしない。「子どもたちはやっぱりホームランを見たいと思うんですよ。ですから、プライドは捨てて、次回からは狭い球場にするか、金属バットにするか……」とジョークを交えてリベンジを期した。

「相手投手の軸足がふっと曲がる瞬間にタイミングを合わせていた」

 この日の野球教室には、小学生約30人とその保護者が参加。松井氏はウォーミングアップのランニングで先頭を走ったのに始まり、とにかくよく体を動かしていた。自ら打撃投手役を務め、子どもと保護者全員(子どもは1人5スイング、保護者は3スイング)に、ボール球を含めて計250球以上を投じた。

 アドバイスの内容は、あくまで基本中の基本重視。キャッチボールを前にボールの握り方を確認し、打撃練習では「強く打つことと、正確に当てること。その2つを自分の体を使ってどう表現するかです」と例年通り持論を展開した。「できるだけわかりやすく、基本的なことを伝えたいと思っています。それで皆さんが興味を持ち、自分でやってみようと思ってくださればいいなと思います」とうなずいた。

 そんな中にも、日米通算507本塁打を放った打撃の極意がちらりと垣間見えたところもあった。“質問コーナー”で子どもから「打撃でタイミングを取るには、どうすればいいですか?」と聞かれた時だ。「構えはどうでもいいし、タイミングの取り方も人それぞれでいい。自分にとって一番打ちやすいタイミングの取り方を、自分で見つけるしかない」とした上で、「私の場合は、投手が足を上げて、ふっと軸足が曲がる瞬間、自分の体も下げてタイミングを取っていました。なぜかと言うと、投手はそこからタイミングをずらずことはできず、もう投げるしかないからです」と明かした。気さくで明るく、それでいて野球に対してあくまで真摯な姿勢は、現役時代と全く変わっていない。

 終了後の記者会見。「時差ボケは大丈夫ですか?」と聞くと、松井氏は「あっ、それ、いい言い訳だね。昨日の夕方に日本に着いたばかりで、到着の翌日に野球教室をやったことはこれまでなかった。『時差ボケで柵越えならず』ということで!」とチャーミングに笑った。参加した子どもたちはみな、松井氏の現役引退後に生まれており、圧倒的なパワーを誇った“ゴジラ”のイメージは皆無だろうが、その人柄と野球をこよなく愛する気持ちは真っすぐ伝わったに違いない。

(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)

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