甲子園中止の悲劇は「どうして自分たち」 抗えぬ“運命”超えて「もう1度野球やろう」

高校時代には佐野日大でプレーした佐藤浩之さん (背番号4)【写真: 本人提供】
高校時代には佐野日大でプレーした佐藤浩之さん (背番号4)【写真: 本人提供】

打倒・作新学院…ライバルは2011年から10大会連続甲子園出場

 失われた夏にけりをつける──。2020年に新型コロナウイルスの感染拡大で、夏の甲子園大会が戦後初めて中止となってから3年。当時高3だった球児たちが甲子園に集結し、今月29日から3日間「あの夏を取り戻せ~全国元高校球児野球大会 2020-2023~」が開催される。あの夏に各都道府県が代替で行った独自大会の優勝校など、44チーム(元球児約800人)が出場。佐野日大高OBチームは栃木県代表として、“宿敵”の思いも背負って臨む。

 2020年に佐野日大の主将を務めた佐藤浩之さんは、実家と同じ宇都宮市内にある作新学院高でなく、あえて車で約1時間の距離にある佐野市の佐野日大に入学し、寮生活を送ることを選んでいた。「強い作新学院を倒して甲子園に行きたい」という反骨精神が背中を押していた。

 逆に言えば、それほど当時の作新学院は無敵だった。2011年から(中止となった20年を挟み)2021年まで、実に10大会連続甲子園出場。現西武の今井達也投手を擁して全国制覇したのは2016年のことだった。

 そんな作新学院に、佐野日大は2018年夏の栃木大会・準々決勝で1-13、2019年の夏も同じ準々決勝で5-15と2年連続コールド負けを喫していた。それだけに2020年は“打倒・作新学院”に懸ける思いが強く、佐藤さんは「ぜひ県内1位を決めたかったですし、作新学院さんにも勝てるのではないかという自信がちょっとありました」と言う。

 しかし、コロナ禍で練習が自粛され、寮生も全員実家へ戻され、授業はオンラインとなっていた5月20日。夏の甲子園中止が決まった。佐藤さんは「まさか中止はないだろうと思っていたので、目標にしてきたものが一瞬でなくなり、頭が真っ白になりました。しばらくは携帯を見ることもできませんでした」と呆然とした。

 佐藤さんは3人兄弟で、2歳上の兄、1歳下の弟を含め全員が高校で野球部に所属。「両親とずっと『3人のうち誰か1人、甲子園に出られたらいいね』と話していたので、そのチャンスが1回なくなってしまったことは残念でした。寮生活をさせてもらっていたこともあって、恩返しをしたかったです」と明かす。

進学した日大でも野球部でプレーしている佐藤浩之さん【写真: 本人提供】
進学した日大でも野球部でプレーしている佐藤浩之さん【写真: 本人提供】

元阪神投手の麦倉監督「この先も頑張ってほしい」

 数日後、グラウンド内のミーティングルームに招集された選手たちは、お互い久しぶりに顔を合わせた。元阪神投手の麦倉洋一監督の「3年生は悔しいだろうけれど、事実を受け止めて、この先も頑張ってほしい」との言葉にうなずいた。佐藤さんは「両親からも『最後までやり切れ』と言われて、気合が入りました」。

 だが、甲子園大会の代替として行われた栃木県の独自大会は、ベスト8が出そろったところで終了した。佐野日大は作新学院と決着をつけることができないまま、お互いに最後の夏を無敗で終えたのだった。

 日大に進学し、野球部に入部した佐藤さん。同学年で作新学院出身の猪瀬祐人さんと、チームメートになった。昨年、2人の間で「あの夏の、準々決勝の先をやろう」という話しが盛り上がり、2020年当時の仲間へ広がっていった。「『あの夏を取り戻せ』のプロジェクトも噂には聞いていましたが、まだ半信半疑の段階で、それとは別に、とりあえず栃木の1位を決めようという話になりました」

 そして昨年10月、2年前の夏の続きが実現した。結局ベスト8のうち、選手が集まったのは佐野日大、作新学院、国学院栃木、文星芸大付の4チームだったが、自分たちで球場を借り、審判も手配してトーナメントを行った。初戦で“宿敵”の作新学院、決勝で国学院栃木を破って優勝したのが、佐野日大である。「当時の主力メンバーが全員そろったわけではありませんが、それでも『みんなで集まれて、試合ができたことが一番よかったね』と敵・味方関係なく語り合いました」と佐藤さんはうなずく。

「あの夏を取り戻せ 全国元高校球児野球大会2020-2023」は29日に甲子園で、出場チームが5分ずつのシートノック、入場行進、セレモニーなどを行い、翌30日と12月1日に兵庫県内の球場に分かれて交流試合を戦う。2020年の独自大会が決勝まで行われなかった県では、勝ち残った高校のOBが合同チームを結成して出場するケースもあるが、栃木県は昨年の結果をもって、佐野日大が単独チームで参戦することになった。

大学3年の秋を迎え「就職活動が落ち着いたら、もう1度野球をやろうよ」

「甲子園に足を踏み入れることができるのは楽しみです」と佐藤さん。「試合に勝ちたい気持ちもありますが、今は野球をやっていないメンバーもいますし、みんなで練習しているわけでもなく、現役の頃とは差があります。シートノックも交流試合も、悔いなく楽しめれば、それでいいかなと思います」と穏やかな笑みを浮かべた。

 夏の甲子園を奪われたことは「当時は『どうして自分たちの代なのだろう』と思いました。でも、自分たちだけしか味わえない経験でしたから、だからこそ今後乗り越えられることも多いのではないかと考えています」と前向きにとらえようとしている。

 大学3年の秋を迎えた佐藤さんは、そろそろ就職活動を始める時期でもある。作新学院のOBたちと「来年就職活動が落ち着いたら、就職前にもう1度野球をやろうよ」と話しているという。宿敵はかけがえのない仲間に変わろうとしている。

「あの夏を取り戻せ」大会は、セレモニーを含め入場無料。また「スカパー!」では全試合を無料放送、無料配信する。開催までカウントダウンとなり、選手たちと同世代の大学生らで構成する実行委員会は、甲子園に観客を1万人動員することを目標に掲げている。

【あの夏を取り戻せ! クラウドファンディングはこちら】
https://ubgoe.com/projects/444/

(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)

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