夢途切れた仲間の失意「引退する」 チーム解体の危機も…憧れの聖地で“最後の一戦”

高校時代は関大北陽でプレーした中村栄太さん【写真: 本人提供】
高校時代は関大北陽でプレーした中村栄太さん【写真: 本人提供】

2020年夏の甲子園中止で「もう引退する」と主張した選手も

 2020年に新型コロナウイルスの感染拡大で、夏の甲子園大会が戦後初めて中止となってから3年。当時高3だった球児たちが甲子園球場に集結し、29日から3日間「あの夏を取り戻せ~全国元高校球児野球大会 2020-2023~(以下「あの夏」)」が開催される。あの夏に各都道府県が代替として行った独自大会の優勝校など、42チーム(元球児約800人)が出場。大阪府からは、今年のプロ野球で日本一に輝いた阪神・岡田彰布監督の母校でもある関大北陽高のOBチームが憧れの土を踏む。

 関大北陽高で2020年当時主に「6番・一塁」で出場していた中村栄太さんは「甲子園は阪神の本拠地ですから、岡田さんの母校と言えば、注目していただけるかもしれませんね」と笑う。

 過去、春夏合わせて14度甲子園に出場している“古豪”だが、近年は大阪桐蔭高と履正社高の壁が厚く、2007年春の選抜を最後に遠ざかっている。夏の甲子園出場は1999年が最後。その中で2020年のチームは、十分“聖地”に届く戦力を整えていた。

 ところが、コロナ禍で部活動が自粛となり、生徒は自宅待機、授業もオンラインとなっていた同年5月20日。中村さんはそれまで毎日祈るような思いで、スマホの検索欄に「夏の甲子園」のキーワードを入力し、表示された記事をチェックしていたが、ついに全国大会中止の報せを目にした。

 数日後、野球部員が学校に集まった。辻本忠監督からは「お前たち自身で決めろ」と任され、3年生23人で今後の活動方針を話し合ったが、数人が「もう引退する」と主張し紛糾した。チームのムードメーカーだった中村さんは「最後やりきること、それも全員でやることに意味があるんちゃうか」と説得した。

「もともと、いろいろなタイプの個性派が集まった学年で、けんかもよくしました。しかし揉まれて、揉まれて、最後に一致団結して試合に臨めたことによって、大きなパワーが生まれたのだと思っています」と振り返る。最終的に同級生は誰1人欠けることなく、甲子園大会の代替として行われた府大会に臨み、快進撃が始まった。

現在は福岡大準硬式野球部でプレーしている中村栄太さん【写真: 本人提供】
現在は福岡大準硬式野球部でプレーしている中村栄太さん【写真: 本人提供】

3年生全員で臨んだ代替の府大会で履正社と「両校優勝」

 準決勝では、現在明大で活躍中で来年のドラフト候補にも挙がる浅利太門投手を擁する興国高と対戦。0-0で迎えた8回、1番打者で大学進学後アメフトに転向した坂本壮梧さんのソロで勝ち越し、そのまま1-0で勝ち切った。続く準決勝は17-2の5回コールド勝ち。「3年生の間では『甲子園はないけれど、全力で最後までやり切って終わろう』と話し合っていました。ベンチに入れないメンバーもいたので、その分まで必死に戦いました」と中村さんは言う。

 本来なら、準決勝で大阪桐蔭を破った履正社と決勝を戦うはずだった。しかし、大会中に再三雨に見舞われ順延を繰り返した影響で、決勝は行われないまま「両校優勝」として幕を閉じたのだった。

「今では同学年の全員が『あの時に辞めなくてよかった』と言っています。これからも全員、心置きなく野球部OBとして集まれることがうれしいです」とうなずく中村さんだが、「履正社、大阪桐蔭を倒すことを目標に練習していたので、決勝はやりたかった」と一抹の“不完全燃焼”感も残った。

 関大北陽高では、卒業後に関大へ内部進学する生徒が多いが、中村さんはあえて他大学を受験する道を選び、1浪の末に福岡大医学部に進んだ。最初は「医学部準硬式野球部」に所属し、今年からさらにレベルの高い体育部会の準硬式野球部に移った。準硬式ながら、現西武の大曲錬投手(2020年ドラフト5位)がプレーしていたチームである。

「勉強との両立は大変ですが、もう1度本気で野球に取り組みたいと思いました。高校時代に野球をやり切ったと言えない部分がありましたし、高校時代の同級生のうち15人が大学の硬式か準硬式で野球を続けていることに感化されました」と目を輝かせる。

大会は29日開幕、実行委員会は1万人動員の目標掲げる

 一方で「高校野球を通して、チームで1つのことに対して努力し続けることの大切さと難しさ、コミュニケーションを取ることの重要さを学びました」と語る。「高校野球をやっていてよかったと、めちゃくちゃ思っています。受験勉強中に野球部の仲間が励ましてくれて救われましたし、甲子園はなかったけれど、受験勉強でも大学生活でも『あれに比べたら、まだまだいけるやろ』と思えましたから」とも。

「あの夏」は29日に甲子園球場で入場行進、セレモニーなどが行われ、翌30日と12月1日には兵庫県内の球場に分かれて交流試合を戦う。関大北陽高OBチームは、2020年の独自大会で両校優勝となった履正社高OBチームが出場を辞退したため、大阪代表として単独チームで出場。さらに抽選の結果、初日に甲子園球場で特別試合を行う4チームのうちの1つに選ばれ、鳥取・倉吉東高OBチームと対戦することになった。

「1年ほど前、この大会が行われると聞いてからずっと『またみんなと野球ができるんや』と、楽しみでしかたがありません」と中村さん。「この舞台を用意してくださった方々への感謝の気持ちだけは忘れず、ベンチからも声が枯れるくらい声を出したい。もし試合前に円陣があるなら、何か面白いことを言おうかなと、ちょっと考えています」と明かす。ムードメーカーが復活しそうだ。

「あの夏」は、セレモニーを含め入場無料。また「スカパー!」では全試合を無料放送、無料配信する。開催まであとわずかとなり、選手たちと同世代の大学生らで構成する実行委員会は、甲子園に観客を1万人動員することを目標に掲げている。

【あの夏を取り戻せ! クラウドファンディングはこちら】
https://ubgoe.com/projects/444/

(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)

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