育成指名に悩んだ夜 宇田川優希が“第1号”…スカウト転身の友、佐野如一へ贈る言葉

オリックス・宇田川優希(左)とスカウトに転身する佐野如一【写真:真柴健】
オリックス・宇田川優希(左)とスカウトに転身する佐野如一【写真:真柴健】

スカウトに転身するオリックス・佐野如一の“第1号”は宇田川優希

 口説き上手は折り紙付きだ。今季限りで現役引退を決断したオリックスの佐野如一外野手が2024年1月1日付で「アマチュアスカウト」に転身する。2020年育成ドラフト5位で入団し、ルーキーイヤーに支配下選手登録を勝ち取った“苦労人”がバット置き、第2のプロ野球人生をスタートさせる。

 3年間、プロ野球選手として奮闘してきた。佐野如は、霞ケ浦高から仙台大を経て、2020年育成ドラフト5位でオリックスに入団。俊足巧打を評価され、新人年の開幕直前に支配下選手登録を勝ち取った。

 プロ入り後は「振り子打法」を試したり、バットを短く持って鋭く振るフォームに挑戦したりした2年間を送った。勝負の3年目となった今季は、バットを長く持ってボールを強くはじくフォームに変更した。

「本塁打をあまり打てる打者ではありませんので、走者を進める打撃やエンドランやセーフティ(バント)など、求められたことを当たり前にできるようにしつつ、確率の高い打撃を求めたい」と臨んだが、1軍出場はかなわず戦力外通告を受けた。現役続行の道を模索したが、球団からスカウトへの道を勧められ、その場で転身を決断した。

「いろいろと考えましたが、球団に残してもらえるなんてこんなに嬉しいことはありません。一生懸命頑張って現役続行とも思いましたが、NPBの世界に関われるのであれば野球を辞めて、スカウトをさせて頂くのもありだなと。(球団から)そう言ってもらえることが嬉しく、やらせていただくことになりました」

 選手の能力を見極める観察力だけでなく、アマチュア指導者や保護者、選手本人らの信頼を得る人間力や交渉力もスカウトの大きな要素とされている。佐野如には、プロ入り前から“実績”があった。

 ドラフト同期で、仙台大から育成ドラフト3位でともに入団した宇田川優希投手の存在だ。「育成指名ではプロ入りしない」と、当時は悩んでいた宇田川をすぐに食事に誘い「俺は育成でも行くよ。一緒にプロでやろう」とオリックス入りに背中を押した。それでも“交渉人”は謙虚な姿勢を崩さない。「僕が宇田川を(オリックスに)連れて来たというようには思っていません。一緒に野球をやりたいという思いは伝えました」。熱意は実った。

「第2の宇田川」を発掘する日々が始まる

 宇田川に当時のことを尋ねると「育成(契約)ならプロには行かないと(最初から)プロ側には伝えていたので迷いがありました。でも、佐野の言葉で、また一緒にやりたいと思えたんです」。しんみりと振り返ると、瞬時に顔を上げて笑った。

 オリックス入団後は、正反対の道を進むことになった。佐野如がすぐに支配下選手登録されたのに対し、宇田川は1年目にウエスタン・リーグで1試合に登板しただけで、2年目の7月まで2軍暮らしが続いた。

 2桁の背番号を勝ち取った佐野は1軍で12試合に出場したが、スコアボードに「H」を1度も点灯させることなくユニホームを脱いだ。宇田川は2022年7月に支配下選手登録された直後から、剛球とフォークを武器に2連覇に貢献。侍ジャパンのメンバーにも招集され、今春のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では世界一に貢献。「シンデレラボーイ」と呼ばれるまでに成長を遂げた。

 同期の躍動を見届け、佐野如は言う。「僕の方が先に支配下登録選手になりましたが、僕には力がありませんでした。でも、宇田川には力があって、チャンスをつかむという才能があったんです。(宇田川は)育成で入る選手ではないと思っていました。たまたま大学4年で調子が悪かっただけで、普通に投げていれば、今のような投球ができると思っていましたので、特にビックリはしません」。プロ入り後は互いの道を進んだ2人には、確かな信頼関係がある。

 佐野如のスカウト転身について宇田川は、目線を上げてすっと言う。「大学で主将として200人以上の部員をまとめ、いろんな選手を見てきています。そういう意味では(スカウトとして)成功するのではと思います。(入団直後は)佐野が先に支配下になって悔しい思いもしましたが、身近な存在だったからこそ、一緒に試合に出て活躍したいという思いが強かった。腐らずに自分も同じところに行きたいと思ったので、頑張れました。同じチームでよかったです。僕が1年目にストライクが入らなかった時でも『絶対に1軍で通用するから』と言ってくれ、それがあるから今、ここまで来ることができました」。友が発信した言葉の力を信じた。

 最後には自身の入団経緯を振り返り「佐野には見る目があるんです。僕が『佐野スカウト第1号』みたいなものですから(笑)」と白い歯を見せ“力量”を認めた。佐野如は拳を強く握って言う。「宇田川にはこれからも頑張ってほしいし、僕は1人のファンとして応援し続けます」。知らないうちに“口説き落とした”宇田川の成功を胸に、「第2の宇田川」を発掘する日々が始まる。

〇北野正樹(きたの・まさき)大阪府生まれ。読売新聞大阪本社を経て、2020年12月からフリーランス。プロ野球・南海、阪急、巨人、阪神のほか、アマチュア野球やバレーボールなどを担当。1989年シーズンから発足したオリックスの担当記者1期生。2023年12月からFull-Count編集部の「オリックス取材班」へ。

(北野正樹 / Masaki Kitano)

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