深夜3時までアルバイト、無給は「きつかった」 人参農家も経験…紆余曲折の広島入り

元広島・行木俊【写真:川村虎大】
元広島・行木俊【写真:川村虎大】

元広島の行木俊は今季から北九州下関フェニックスでプレーする

 この半年が勝負だと決めている。昨季まで広島でプレーした行木俊投手は今季から独立・九州アジアリーグの北九州下関フェニックスでプレーする。2020年ドラフト5位で独立・四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックスからNPB入り。地元の千葉から「徳島、広島、福岡とだんだん遠くなっていくんですよ」と笑う。プロに入るまでの道のりは決して平坦なものではなかった。

 千葉・横芝敬愛高時代は「プロ野球選手になるなんて考えてもいなかった」。入団当時は、内野手が中心で投手ではなかったが、高校2年の冬に遊びでブルペンに入ってみたところ、チームで1番球速が速かった。そこから投手として本格的に練習を始めた。

 最後の夏は県1回戦敗退。球速も最速130キロ台でプロ野球は程遠かった。「高校卒業後は野球をやめて、就職しようかと思っていました。ただ、何をしたいとかもなくて……」。大学からの勧誘はゼロ。そんな中、オファーが来たのが、徳島だった。

 西武・伊藤翔投手、元ロッテ・鎌田光津希投手らが同校から徳島を経由してNPB入りを果たした。「先輩たちが行っているという縁もあったと思います。大きな目標とかは全然なくて。話を聞いて、その場で『はい』と言ってしまった感じでした」。当時はNPBを目指す気持ちはなかったが、野球をやるならできる限りのことはしよう。そう思い、親元を離れた。

独立徳島では基本給ゼロ…アルバイトは「4つ、5つくらいしました」

 徳島では、“練習生”扱いで基本給はなかった。さらに、右肩の故障もあり1年目の登板はゼロ。8時頃から午後5時頃まで練習に励み、その後アルバイトで生活費を賄った。多いときは「掛け持ち4つ、5つくらいしましたね」。居酒屋、土木作業、水道の検針に人参農家も……。「人参を引っこ抜く作業は一番きつかったですかね。暑くて単調な作業が結構大変でした」と笑うが、「今考えてみると本当にどれもやってよかったと思います」と前向きに捉えている。

 2年目は右肩の怪我の具合も落ち着いた。やっと投げられると思った矢先、今度は新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るった。練習ができないどころか、飲食店が休業でアルバイト先も見つからず。「球場も使えなかったので砂浜とかで練習していました。苦しかったですね」。

 それでも、地道にトレーニングを行い、2年目には球速はマックス153キロまで上がった。その頃から、少しずつNPBという目標が見えてきた。ドラフト前には複数球団から調査書が来た。「それでも本当に指名されるかは半信半疑でした。今でも指名された瞬間は鮮明に覚えています」と懐かしそうに笑った。

 NPBでは再び右肩の故障に苦しんだ。3年間で同期唯一の1軍登板ゼロ。トライアウトでもNPBから声はかからなかった。「1軍で試合に出てこそプロ野球選手だと思う」。7月31日の“トレード期限”までが勝負。再び這い上がるため、リーグは違っても、かつて苦難の日々を過ごした“独立L生活”を選んだ。

(川村虎大 / Kodai Kawamura)

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