育成→2年連続戦力外「イップスで…」 思うように動かぬ右腕、25歳の“苦渋の決断”

元オリックス・榊原翼さん【写真:北野正樹】
元オリックス・榊原翼さん【写真:北野正樹】

元オリックスの榊原翼さんが宮崎春季キャンプに2年ぶり“凱旋”

 熱いハートを持つ男が、球春到来とともに戻ってきた。オリックスで2017年から2022年まで投手としてプレーした榊原翼さんが、宮崎春季キャンプに帰ってきた。現在は宮崎市内に在住しており、勤務する飲食店がキャンプ地10周年を記念してグルメブースに出店したことで、2月2日のキャンプインから現地で接客をすることになった。

 ファンにとっても、まさにサプライズだ。オリックスが宮崎市の清武総合運動公園(SOKKENスタジアム)をキャンプ地としてから10年が経った。宮崎市観光協会と榊原さんが勤める「日南水産」がコラボし、キャンプ地での出店が決定。榊原さんが店頭販売を担当することになった。

 キャンプ地に姿を見せるのは、退団した2022年以来、2年ぶり。榊原さんは「野球を離れた後の、今の自分を見てもらいたいですね。宮崎も盛り上げたいです」と変わらぬ笑顔を見せる。

 榊原さんは千葉県出身。埼玉・浦和学院高から2016年に育成ドラフト2位でオリックスに入団。結果を残してプロ2年目の開幕前に支配下選手登録された。プロ3年目、4月17日の日本ハム戦(京セラドーム)で先発登板し、育成出身選手として球団初の白星を挙げた。

 捕手からの返球をマウンドから降りてガッチリとつかみ取るなど、気迫あふれる投球で「バラくん」の愛称でファンに親しまれた。2021年オフに戦力外通告を受け、育成で再契約したが、復活は遂げられず。2022年10月に2年連続2度目の戦力外通告を受け現役を引退した。プロ生活6年で通算28試合に登板し、4勝8敗。防御率3.78だった。

 2度目の戦力外通告後、12球団合同トライアウトを受けた。合格はしなかったが、担当スカウトの牧田勝吾編成副部長からの紹介もあり、社会人野球チーム入りが決まっていた。しかし、正式契約を結ぶ直前に、急遽、断りの電話を入れた。「まだまだできる」「野球をしている姿が見たい」という仲間やファンの声に心は揺れ、申し訳なさが募るばかりだった。

初めて告白した「イップス」…苦渋の決断で去った野球界

 実は、野球ができない状態だったと明かす。2020年シーズンから突然、制球が定まらなくなった。荒れ球が持ち味でもあったが、マウンドでボールを離せず真下に何度もたたきつけた。打撃ゲージの枠にもぶつけてしまう日々だった。「イップスだったんです……」。現役引退から、およそ1年。2月1日の午後、宮崎市内で初めて打ち明けた。

「紹介していただいた社会人野球は本当に良いお話だったのですが、ストレスで体調を崩すなど野球ができる状態ではありませんでした。関係者のみなさんには本当に申し訳なかったのですが、将来のことも考えた時、それしか選ぶ道はなかったのです」

 苦しみ抜いた決断だった。仲間や関係者に苦しい胸の内を十分に説明できないまま、野球界を去ったのは今も悔いが残るという。健康なのに、右腕が思うように動かせず投げることができない。

「みんな、どのようにして普通に投げているんだろうと、ずっと考えていました。福良(淳一)GMからは『焦らなくてもいいよ』と温かい言葉をいただきました。仲間からも『自分でそう思い込むな』などと励ましてもらいましたが、どうしても焦る自分がいました。もう試合で投げることができない。心は折れまくりました。答えがありませんから……。苦しかった、本当に苦しかったですね……」

 2023年2月から、大阪で清掃のアルバイト勤務をした後、6月から知人のいる宮崎市に移り住んだ。「故郷の千葉と同じように海が身近にありますし、キャンプで6年間訪れ、人情味ある土地柄も好きでした」。今は、知人の紹介で市内の飲食店で働く。JR日南線、小内海駅近くの店で接客のかたわら伊勢海老もさばくという。

 今回の出店ブースでは2日から29日までの全期間で店頭に立ち、ほたてバターや伊勢海老の炊き込みご飯、みそ汁など魚介類を販売する。休めるのは店の定休日と重なる1日だけ。「チヤホヤされた野球界とは違い、一般の方は1日朝から夕方まで働きます。僕も仕事の大変さや働く楽しさがわかってきました。球場で店頭に立つことに恥ずかしさなんてありません。新しい自分を見てほしいですね」。同期入団は育成5選手を含む14選手。1位の山岡泰輔投手、2位の黒木優太投手(日本ハム)、4位の山本由伸投手(ドジャース)、6位山崎颯一郎投手は、今も活躍中だ。

 昨年末からはYouTube「バラチャンネル」を開設。「支配下と育成の待遇の差」や「先発投手の1日ルーティン」など、プロ野球の裏側などを発信している。まだ、25歳。マウンドから店頭、そしてYouTuberへ。生まれ変わった「バラ」をかつてのチームメートやファンに披露する。

(北野正樹 / Masaki Kitano)

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