妻を3か月説得して捨てた“安定” 35歳で初の営業職…変えたかった野球選手の意識
元広島投手の小松剛さんは2022年1月に「パーソルグループ」に就職した
元広島投手の小松剛さんは現在、「パーソル パ・リーグ」でお馴染みの総合人材サービス「パーソルグループ」で転職サービス「doda」等を運営するパーソルキャリアの営業職に就いている。5年間の現役引退後は、球団に残って広報、2軍マネジャーを計8年務めたが、2022年1月、35歳にして全く違う業種に飛び込んだ。そこには、近くで見てきたプロ野球選手の戦力外の現実が大きく影響していた。
「4年間2軍マネジャーをやらせてもらって、一番心が痛いのが10月、11月の戦力外の時期だったんです」と小松さんは振り返る。昨日まで同じユニホームを着ていた仲間が、スーツ姿で別れの挨拶にやって来る。たった1日で、まるで世界が大きく変わってしまうかのような現実がそこにはあった。握手を交わしても「『次頑張れよ』しか言えない。それってどうんなんだというのが自分の中に湧いてきて、カープを出てアスリートを支援する立場に回りたいなと思ったんです」と決断の背景を語った。
2008年ドラフト3位で法大から入団し、1年目に5勝をマーク。2013年限りで戦力外通告を受けて現役を引退すると、2014年からは裏方としてチームを支えた。ずっと生きてきた野球界を去ることに「不安しかなかったですね」と明かすが「迷いは全然なかったです」。妻からは35歳にして営業職に挑むことや生活の不安から反対されたそうだが「3か月くらい争って……最後はほぼ強行です(笑)」と自らの意思を貫き通した。
入社してから現在に至るまで、企業の採用支援に携わる人材紹介サービスの法人サービスを担当している。マネジャー時代にパソコン作業や細かい業務が多かったとはいえ、やはり全く違う世界。「ビジネス用語が全く分からなくて『アサイン』って何やねんからのスタートでした」と苦笑いだ。職種理解など、とにかく勉強の日々で「僕は体しか使ってきていないから、脳みそがついていかないんです」と苦労しながらも、業務後には野球選手時代のようにノートをつけるなど努力を重ねていった。
感じるやりがい「日本の経済に関わってくる。社会的にも価値がある仕事」
そんな生活も3年目に突入し「企業様の採用を支援するって、大げさに言うと、直接日本の経済にも関わってくると思うんです。特に中四国は製造業が多いので、日本のモノづくりに人材の紹介を介して寄与できているという実感はちょっとありますし、その辺の楽しさはあります。あとは転職したい方の転職成功も同時に叶えているので、雇用を創出するというところを考えると、凄く社会的にも価値がある仕事だなと思うので、本当にやりがいを感じています」と目を輝かせる。
楽しそうに仕事について話す小松さんを見れば、あのときの決断が間違っていなかったことはすぐに分かる。一方で、野球選手の引退後の選択肢の狭さについても痛感している。
「野球選手はフィジカル、メンタル的な強さを持っていて、なおかつ自分がやろうと思ったことに関しての集中力や達成力、絶対に諦めないという強みがあって、社会で活躍する可能性を秘めていると思います。でも自分の価値に気付いていない人が多いのが課題。当然僕もそうでしたが、何を価値として社会に貢献できるのか、自分がビジネスとして成功できるのかみたいな部分で、知識や情報がないと動けない。野球界は毎日試合があってオフは体も頭も休めないと次のシーズン戦えない。そういう生活をしている中で、情報のキャッチアップとかビジネスの学びをしますというのは難しい。ただそこの意識をなんとか変えたいと思っているんです」
引退後を「セカンドキャリア」という言葉でよく表すが、小松さんは「2回目のキャリアではなく、個人の1本のキャリア。自分の働き方とかを、現役中から学べる仕組みがあれば随分違うと思うんです」と強調する。まだまだ難しい問題ではあるが、小松さんのような“成功例”が増えることは、後輩たちにとっても選択肢の拡大につながっていくだろう。
(町田利衣 / Rie Machida)