監督が決めた進路「僕の意思は全くなかった」 感じた立浪との差…導かれた阪神での成功|球界群像 久慈照嘉#6
元阪神、中日の久慈照嘉氏【写真:山口真司】久慈照嘉氏の東海大甲府は選抜でPL学園と対戦…立浪は「スケールが違った」
PL学園(大阪)に負けた時には、次の行き先が決まっていた。阪神、中日で活躍した守備の達人・久慈照嘉氏は東海大甲府高を卒業後、1988年から社会人野球の日本石油(現ENEOS)に進んだ。高校3年の1987年に出場した選抜大会を日本石油関係者が視察し、その時期には内定していたという。進路は尊敬する東海大甲府の大八木治監督に委ねる形。「選抜中に大八木監督に呼ばれて『お前は日石』と言われて、決まりました」と明かした。
1987年の選抜大会で東海大甲府はベスト4に進出した。1回戦では部員10人の大成(和歌山)に8回まで2-3とリードされたが、9回に2点を奪って逆転勝利。2回戦は滝川二(兵庫)を1-0、準々決勝は熊本工を4-0とエース・山本信幸投手の2試合連続完封で勝ち上がった。だが、準決勝は立浪和義内野手(現中日監督)らを擁するPL学園に3回まで5-0とリードしながら追いつかれ、延長14回の激闘の末5-8で敗れた。
「PL先発の野村(弘、元横浜)をKOして、(2番手の)橋本(清、元巨人、ダイエー)からも点を取ったけど、そこから取れなかった。PLは3人の投手で、ウチは1人。その差ですよね」と久慈氏は今でも悔しそうに話す。「東の久慈、西の立浪」とPLの遊撃手・立浪と並び称されていたが「立浪はとにかくうまかったし、かっこよく見えた。オーラを感じた。同じ高校生なのにスケールが違うなって思いましたね」。
高校から社会人の日本石油(現ENEOS)へ「どこにあるのかも知らなかった」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
球界群像〜久慈照嘉編〜
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