中日コーチの打診も…拒否して選んだ自由契約 給料減でも貫いた阪神への“愛”|球界群像 久慈照嘉#13
元阪神、中日の久慈照嘉氏【写真:山口真司】久慈照嘉氏は2001年に登録名を「テル」に変更も…“致命的”な怪我を負った
元中日内野手の久慈照嘉氏は2000年を越えてから苦しい時期が続いた。プロ11年目の2001年は34試合の出場で11打数1安打。若手の井端弘和内野手の台頭もあれば、右脇腹や左ふくらはぎを痛めたことも関係したという。「怪我したところは僕にとって、どっちも致命的な場所だったのでね」。恩師である星野仙一監督の退任も決まった。この年は登録名を「テル」に変更していたが、まさに無念の結果だった。
登録名を変えたのは中日助っ人のレオ・ゴメス内野手との会話がきっかけだったという。「当時ね、ゴメスが僕のことを『テル、テル』って呼んでいたんです。それで何かギャグっぽく登録名も“テル”でいこうかってなったんですよ。他の選手たちも『久慈もテルも変わらんやん』って。実際、僕はチーム内で“久慈”と呼ばれることがなかった。だいたい“テル”だったんで、僕もじゃあ親近感があっていいかと思ってね」と笑いながら明かした。
「球団に『登録名、テルでいけますか』と聞いたら『いけるよ』って言われて、それでそうなりました。それだけのことでした。(星野)監督にも『テル』って呼ばれていましたからね。球団もよくOKしたなと思います。でも、カタカナになったから、新外国人かと思われた人もいたみたいですね。『引退されたと思ったら、久慈さんでした』というファンレターもありました。それは覚えていますね」。だが、成績にはつながらなかった。
“アライバ”の台頭で出場機会激減…兼任コーチの打診断り自由契約に
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
球界群像〜久慈照嘉編〜
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