ガーディアンズに根付く心理的安定…歴史的な快進撃の“背景” 名博士が残した教え【マイ・メジャー・ノート】

ガーディアンズのカール・ウィリス投手コーチ【写真:木崎英夫】
ガーディアンズのカール・ウィリス投手コーチ【写真:木崎英夫】

ガーディアンズは半世紀ぶりの快進撃を見せている

 ガーディアンズが58年ぶりの快進撃を見せている。24日(日本時間25日)のレッドソックス戦に敗れ今季最多の6連勝は逃したが、メジャートップタイの17勝(7敗)とし、開幕からの24試合では1966年以来となる同球団のベスト記録に並んだ。この歴史的なジャンプスタートには、選手の心理的安定を導くチームの「心理部門」が寄与している。ガ軍の知られざるメンタル管理に光を当てる。【全2回の後編】(取材・構成=木崎英夫)

 本拠地開幕戦の4月8日(日本時間9日)。皆既日食を約1時間後に控えた午後2時過ぎ、その部屋のドアは空いていた。見ると、カール・ウィリス投手コーチが座っていた。相手打者の傾向と対策の資料に目を通していた。マリナーズでもコーチを務めた時期があり、挨拶をすると顔を上げ笑顔で返した。が、「マハー博士はいませんか?」に表情は曇った。

「春のキャンプで彼に会わなかったのは今年が初めてだったから。今日もいないんだ。ここに来ると落ち着くので、こうしてデータを再度、頭に叩き込んでいるところ。彼がいなくて寂しいね。本当に多くのことを教えてもらい助けてもらった。それが僕の財産になっている」

“その部屋”は、選手やコーチ陣のカウンセリングが行われる「Psychology Department」である。

 ガーディアンズのクラブハウスを通り過ぎ、三塁側のダグアウトへと通じる通路の手前にネイビーブルーのドアがある。通常、トレーナールームなどと同様にカウンセリングの部屋は奥まった所にありメディアの立ち入りは禁止されているのだが、この部屋の責任者に入室の許可をもらったことがある。

マハー博士が説いたテーマ「言い訳を探さずに素直に受け入れる」

 外での立ち話を想定していたが、6畳にも満たないその部屋で貴重な話を聞いたのは、13年前の5月下旬のことだった。

 前年までは2年連続90敗と低迷したインディアンス(2022年にガーディアンズに改称)が貯金12で地区首位に立った。好調の要因を数字ではなく、不可視な部分から探りたいという一心でドアをノックした。出てきたのは、スポーツ心理学界の泰斗、チャーリー・マハー博士だった。こちらの要望を伝えるとにべもなく断られたが、「球団や選手のプライバシーに関わる質問は一切しないこと」を条件にご承諾いただいた。

 印象に残っていることがいくつかある。

 気持ちが落ち込んだ時だけではなく、調子がいい時にこそなぜよくやれているかを自己分析して「己を知る」こと。また、出た結果に対してどう対処するかが大事で、好ましからざるものに目を背けず、否定の意識を捨て「言い訳を探さずに素直に受け入れる」ということ。マハー博士は「これは選手だけではなくマイナーの職員も含めたインディアンス組織全体の一貫したテーマ」だと述べている。

 私生活における不安や挫折を上手く消化させることの重要性も説いた。フィールド外で生まれる感情の起伏は野球にも影響を及ぼすため「心のバランスを保つことが鍵になる」と力説していた。

投手コーチが心に刻む「常に気持ちを安定させること」

 心情に寄り添える人として投手から絶大な信頼を得ているウィリスコーチが深く心に刻んでいるのは、「常に気持ちを安定させること」だと言う。的確な技術アドバイスとマハー博士との学びから得た揺るぎない信条が相まって、CC・サバシア、クリフ・リー、シェーン・ビーバー、フェリックス・ヘルナンデス(マリナーズ)、リック・ポーセロ(レッドソックス)の5人をサイ・ヤング賞受賞に導いている。

 本拠地開幕戦の前日8日に、球団はエースのビーバーが右肘の靭帯損傷修復手術のため今季の全休を発表した。つい数日前には、肘痛で出遅れていたギャビン・ウィリアムスがマイナー調整で患部に違和感を覚え復帰が遅れることになり、先発陣の台所事情は苦しい状況にある。しかし、24日の試合を終え投手陣はリーグで、防御率3.15(4位)、被安打180(3位)、奪三振229(3位)、被打率.226(6位)と健闘している。

 就任30年目を迎えたマハー博士はアドバイザーとなり、後任はリンゼー・ショウ女史に引き継がれている。

 マハー博士は「心のバランスを保つこと」を「高ぶり過ぎずへこみ過ぎず」と砕いたが、クリーブランドを去り他のチームに移籍しても多くの選手や監督、コーチがこのフレーズを口にしていることに気付いた。彼らは、“not too high not too low”と言う。

 あのトレバー・バウアーもよく使う言葉であることを付記しておく――。

◯著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続ける在米スポーツジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。シアトル在住。

(木崎英夫 / Hideo Kizaki)

RECOMMEND

KEYWORD

CATEGORY