原監督が抱え続けた“葛藤”の正体 参謀・岡崎郁氏が見る、巨人監督で勝つことの難しさ

巨人・原辰徳前監督(左)と阿部慎之助監督【写真:荒川祐史】
巨人・原辰徳前監督(左)と阿部慎之助監督【写真:荒川祐史】

現役時代、ヘッドコーチとして指揮官とともにユニホームを着た岡崎郁

 巨人が最後に日本一になったのは2012年まで遡る。当時の指揮官、原辰徳監督をヘッドコーチとして支えたのは岡崎郁氏だった。その采配を理解し、主力打者だった現監督の阿部慎之助とも意思疎通をしながら、チームを作ってきた。2人を見てきたからこそわかる野球観の違いがある。「目指す野球が変わった」とここまでの巨人の戦い方を細かく分析した。一番の変化は捕手の起用。ここがこれからの巨人を占う意味でも大きいという。

 2024年の巨人は交流戦終了時まで、岸田行倫捕手が27試合、小林誠司捕手が22試合、大城卓三捕手が21試合、それぞれ先発マスクをかぶっている。2023年シーズンは大城が125試合、岸田が15試合、小林が2試合、山瀬慎之助捕手が1試合、スタメン出場。明らかに捕手の起用が変わった。

「打てる捕手=派手な野球といった印象があります。反対の意味は堅実、守れる捕手。これを両立するのは難しいです。堅実な方が勝率は上がります。でも、巨人軍は両方を目指さないといけない。勝負は8割方、バッテリーで決まります。守備力を上げていけば、勝利には近づける。負けない野球になります」

 今年のプロ野球は“投高打低”と表現されるように、各球団、投手力が高くなっている。阿部監督は昨年、リーグ5位の防御率に目を向け、オフは特に中継ぎの強化を行なった。岡崎氏は原監督の下、2年間ヘッドコーチを務めた経験からすると、この時点で監督がやりたい野球は手に取るようにわかるという。

「オフに勝負ができる選手を獲得するし、どういう選手を育てていくかというのを逆算していく。今はFAやトレードが少ないから、補強や育成方針でガラッと戦力が変わる。勝てるかどうかは別として、チームの方向性を見る上ではわかりやすい」

 阿部監督は長年、巨人の正捕手として活躍し、2軍監督、ヘッドコーチも務めた。岡崎氏から見ると「勝ち方を知っている」指揮官だという。今年の野球を見ていると勝利に徹する野球をしているように映る。長年、巨人の指揮を執った原監督との違いは何か。

元巨人・岡崎郁氏【写真:矢口亨】
元巨人・岡崎郁氏【写真:矢口亨】

守りを固めることから入った監督1年目の阿部、晩年の原監督が求めたのは勝ち方

「原さんはよく『プロ野球はそれでいいのか?』と言われていた。エンターテイメント性への考え方を示していたのだと思う。長嶋茂雄(巨人終身名誉)監督の思いを受け継いでいる部分があった。野球の原点でもある点取り合戦、派手な打ち合いを好んだ。派手な野球で守り勝つ。両方できればいいのだけれどそれは難しい。原監督は勝つ野球をするだけでなく、派手に勝つこと。勝ち方まで考えるようになっていった」

 原監督がずっとそうだったわけではない。長嶋監督からバトンを受け継いだ2002年は「格好良く勝とうとするのは難しい。原さんも長嶋さんのやり方ではちょっと違うと思っていたのではないか」と岡崎氏は解説する。バッテリーを中心とした守りの野球や、攻撃でも細かな仕掛けで、僅差の勝利をものにしてきた。

「どこを目指すのかの違い。勝つ野球をすることと、勝ち方まで求める野球をすること。巨人の監督を長くやっていると、いい勝ち方は何か、納得いく形を目指していくことになる。そうなると、巨人の野球はこうでなくてはいけないと信念やこだわりを持つようになり、自らの首を絞めるようなことになっていく」

 常勝を義務付けられる中で優勝、日本一を経験してきている監督にしかわからない葛藤があった。側で見ていたからこそわかる温度だったのかもしれない。打てる捕手を起用してきたことについても「9人のうち、打撃に期待のできない投手が1人入っていて、打率の低い選手がもう一人いると戦えない」と岡崎氏には話していた。

 首脳陣にとっても選手起用は試行錯誤の繰り返しだ。最近では先発捕手に打撃と守備のバランスが良くなってきた岸田を起用し、大城の一塁起用もした。岸田も大城も岡崎氏がスカウト部長時代に獲得した選手たち。特長はよく知っている。

「監督のやりたい野球においては、一貫性を持っている。戦力で見れば、なかなか阪神には勝てないかもしれないが、ペナントレースはいろんなことが起きる。2位につけられる力は持っている。2位にならなければ1位への挑戦権すらない。救援陣の中川と大勢がいない状況でここまで踏ん張れているのだから、素晴らしいと思います」

 原監督は3度にわたって巨人の監督を17年務め、リーグ優勝9回、日本一3回。歴代監督で最多となる通算1291勝(1025敗91分)を挙げた。その中で勝つだけでなく、勝ち方までこだわってきた。指揮官として1年目を戦う阿部監督も勝つことの難しさを感じながら、シーズンを戦っている。毎年、監督しての経験を重ねても、最後までつきまとう葛藤――。それが伝統の球団で指揮を執ることの宿命なのだ。

○著者プロフィール
楢崎 豊(ならさき・ゆたか)
1980年3月、東京都生まれ。2002年報知新聞社入社。巨人、横浜の球団担当記者ほか、アマチュア野球、約3年間、ニューヨーク・ヤンキース中心のメジャーリーグを担当。雑誌「報知高校野球」や「月刊ジャイアンツ」の編集者を経て、2019年からFull-Countで執筆。Full-Count編集長を経て、メディア事業本部長・Full-Count Executive Editor。少年野球などの悩みを解決する野球育成サイト「First-Pitch」でもディレクションを行う。

(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)

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