5年ぶり甲子園につながったチーム改革 花咲徳栄の結束を高めた“交代”「うまくいった」

甲子園出場を決めた花咲徳栄ナイン【写真:河野正】
甲子園出場を決めた花咲徳栄ナイン【写真:河野正】

4校目の快挙で、偉大なる先人に肩を並べた花咲徳栄

 第106回全国高校野球選手権埼玉大会は、花咲徳栄が延長10回タイブレークの末、11-9で昌平に勝ち、秋、春、夏の3季連続優勝を達成した。埼玉の長い歴史の中でも同一チームの3冠は大宮、深谷商、春日部共栄に次ぐ4校目の快挙で、偉大なる先人に肩を並べた。

 花咲徳栄は、夏の埼玉大会、2015年の97回大会から5連覇。2017年の99回大会ではプロ入りした西川愛也外野手(西武)、清水達也投手(中日)、野村佑希内野手(日本ハム)らを擁し、埼玉勢として夏の甲子園初優勝を遂げた。6試合で61得点の活発な打線が、対戦相手を次々に攻略した。

 しかしここ3年は夏の優勝から遠ざかり、昨年は決勝で浦和学院に2-7、一昨年も準決勝で浦和学院に5-10と完敗。3年前は5回戦で山村学園にサヨナラ負けし、8強すら逃していた。

「全然駄目で(甲子園に)行けなかったわけではない。いいところまで進んだが負けた」。就任24年目、54歳の岩井隆監督はそう言って苦杯を喫したチームと選手をかばった。

甲子園を逃し、選手たちで決めた“チームリーダー”交代

 昨秋も、あと一歩のところで6度目の選抜大会出場を逃している。県大会を4年ぶりに制したが、関東大会準々決勝で常総学院(茨城)に5-10と力負け。ここからチームの雰囲気が悪化の一途をたどり、グループとして機能しなくなったそうだ。副主将の青野隆太郎は「大事な冬の練習でチームが全然まとまらず、バラバラの状態でした」と裏事情を打ち明けた。

 主将の生田目奏は「あと1勝で甲子園という、勝たねばならない試合を落としたことで、重苦しい雰囲気のまま冬季練習に入ってしまいました。春に向けて落ち込んでいる場合ではなかったのですが……」と半年前を思い起こし、苦々しい顔付きで首をひねった。

 悪い流れを断ち切ろうと思案するうち、妙案にたどり着いた。春のシーズンが訪れるまでの間、チームリーダーをもうひとりの副主将、主砲の石塚裕惺に委ねたのだ。生田目は「春の大会が始まるまでは石塚に全体をまとめてもらい、自分が細かいところを目配せするようにしたんです」と説明し、「あれがうまくいったと思う」と言葉をつないだ。

 このままでは夏も甲子園に行けない、という危機感が頭をもたげ、個を犠牲にしてでも勝利のために尽くそうという共通意識が強くなった。チームが一枚岩になる鼓動が聞こえてきたのだ。

決勝で昌平に勝利した花咲徳栄ナイン【写真:河野正】
決勝で昌平に勝利した花咲徳栄ナイン【写真:河野正】

優勝への分水嶺となった西武台との準々決勝

 練習試合は連戦連勝。春の埼玉大会決勝でも昌平を20-6と圧倒し、13年ぶりの頂点に立った。関東大会準々決勝で帝京(東京)に敗れるまで、無敗記録を積み上げた。「勝っていくうちにチームがまとまっていった印象です。誰もが勝ちにこだわっていました」と青野は振り返る。

 史上4校目の“グランドスラム”を懸けた今夏は、初戦の2回戦から4回戦までコールド勝ち。しかし5回戦から決勝までの4試合は、すべて3点差以内のつばぜり合いが続いた。中でも崖っぷちに追いやられた西武台との準々決勝が、優勝への分水嶺となったのは間違いない。

 7回表を終えて8-0。この裏を抑えればコールド勝ちだったが、投手陣が打ち込まれて7点を失った。9回に追いつかれ、なお無死満塁とサヨナラ負けの危機に陥ったが、2死から安打性の痛烈な打球を一塁手の横山翔也が好捕してピンチを脱出。タイブレークの10回に4点を奪い、綱渡りの勝利をものにした。

 ナインと同じく、岩井監督もこの1戦で優勝への確かな手応えをつかんだようだ。「準々決勝からようやくひとつになり、互いにカバーして支え合う頼もしいチームになりました。(3冠という)目標を決め、それを達成できたのはありがたい」と言い、真っ黒に日焼けした顔をほころばせた。

 西武台戦と昌平戦のピンチに救援したのが、背番号10のクローザー岡山稜。秋と春の関東大会ではいずれも準々決勝で先発を任されたが、試合をつくれなかった。秋は2回に右肘を痛め、満塁のピンチを招いたところで降板。継投した2投手が痛打され、5-10で屈した。春は2回に本塁打を浴びてから、自分の投球を見失ったという。

「選抜まであと1勝だったのに、秋も春も自分のせいで負けた。迷惑をかけた分、夏は頑張らないといけなかったのでピンチにも心は熱く、頭は冷静に投げられた。みんなの気持ちがバラバラになった時期もありましたが、ひと冬越して生田目と石塚が引き締めてくれたんです」

5年ぶりの甲子園出場を決め、喜ぶ花咲徳栄ナイン【写真:河野正】
5年ぶりの甲子園出場を決め、喜ぶ花咲徳栄ナイン【写真:河野正】

岩井監督が抱く本多利治監督への憧れ「埼玉の高校野球の師匠」

 秋から冬をまたいで苦難が降りかかったが、生田目や石塚らを軸に克服。万全の状態で夏を迎え、8度目の優勝は、1991年の春日部共栄以来、33年ぶりに3冠王者を誕生させた。春日部共栄の指揮を執って45年、春夏通算8度の甲子園に出場した名将・本多利治監督が今年度限りでの勇退が決まっており、今回が最後の夏だった。

「本多さんに憧れてね。埼玉の高校野球の師匠は本多さんだと思っている。本多さんに並ぶためには、1度3冠をやりたいと思っていたので、本当に良かった」と岩井監督は感慨深げだ。

 最年長の本多監督が声を掛け、浦和学院・森士前監督、聖望学園・岡本幹成前監督に岩井監督の4人で酒を酌み交わしながら、野球について語り合ったこともあった。「1番年下の岩井君が、僕らの話の中からたくさんのことを吸収したんだよね」と本多監督は述懐する。

 花咲徳栄を率いる岩井監督は、師匠への感謝の気持ちを抱きながら、5年ぶりに聖地へ乗り込む。

◯著者プロフィール
河野正(かわの・ただし)1960年生まれ、埼玉県出身。埼玉新聞運動部でサッカーや野球をはじめ、多くの競技を取材。運動部長、編集委員を務め、2007年からフリーランスとなり、埼玉県内を中心に活動。新聞社時代は高校野球に長く関わり、『埼玉県高校野球史』編集にも携わった。著書に『浦和レッズ・赤き勇者たちの物語』『浦和レッズ・赤き激闘の記憶』(以上河出書房新社)『山田暢久 火の玉ボーイ』(ベースボール・マガジン社)『浦和レッズ 不滅の名語録』(朝日新聞出版)など。

(河野正 / Tadashi Kawano)

RECOMMEND

KEYWORD

CATEGORY