仲間は「なぜだ!」 サイクル安打を自ら消した“頑固者”…23歳が今も使う「特別な場所」【マイ・メジャー・ノート】

オリオールズのガナー・ヘンダーソン【写真:Getty Images】
オリオールズのガナー・ヘンダーソン【写真:Getty Images】

23歳の若武者が熾烈なポストシーズン争いを牽引している

 23歳の若武者が熾烈なポストシーズン争いを牽引している。

 今季、もっとも白熱した首位争いが繰り広げられているアメリカン・リーグ東地区。レギュラーシーズンが佳境を迎え、ヤンキースとオリオールズが序盤から展開する抜きつ抜かれつのデッドヒートが日々その熱量を増している。

 ハイペースで本塁打を量産しているヤンキースのアーロン・ジャッジ外野手が耳目を集める中、首位返り咲きを狙うオリオールズを巧打と堅守で牽引しているのが、7月29日に23歳の誕生日を迎えたガナー・ヘンダーソン遊撃手だ。

 メジャー2年目の昨季は、三塁も守り150試合に出場。打率.255、28本塁打、82打点、OPS.814でア・リーグ新人王を受賞した。序盤は打撃に安定さを欠いていたが、「やってきたことを礎として自分を信じ続ける」の信念を支えに調子を上げていった。

 端的に言い表した信念の淵源は少年時代にあった。

 米南部アラバマ州の州都モンゴメリーで生まれたヘンダーソンは、野球に熱中した。小学生になって間もなく「毎日練習をする」決心をしたと言う。起床は朝6時。父親のアレンを相手にキャッチボールとティー打撃をしてから登校した。ただ、高みを目指して努力する6歳の少年には1つ不満なことがあった。

7歳の時に両親が造った練習場で兄弟と切磋琢磨「今も特別な場所」

 住んでいた地域にはまともな練習場所がなかった。それなりのフィールドを使うには日時を書き込む申請を要し、常に順番待ちという状況だった。心なしかヘンダーソンの口調が感傷の色合いを帯びた。「週に1回ほどしか使えなかった」。そして口調は一気に変わった。

「僕が7歳になると、両親が牧場だった6エーカー(約2万4282平方メートル)の土地を購入し、そこにリトルリーグサイズのフィールドを造ってくれたんですよ! 学校に行っても頭にあるのはもう野球だけ。帰宅すると2人の兄弟に父も加わり4人で練習開始。バックヤードに出るドアは僕たちの“フィールド・オブ・ドリームス”の入り口になりました。そのうちにどんどん仲間が集まってきて、いつも試合ができるだけの人数はそろっていました」

 ともに汗を流した弟のケードは同じモーガン・アカデミー高校の野球部で活躍。兄のジャクソンはアラバマの名門公立大オーバーン大学野球部でプレー。メジャーで名を馳せたフランク・トーマス、ボー・ジャクソンは同大の出身である。

 東京ドーム全体面積の約半分の土地に収まる両翼235フィート(約72メートル)、中堅300フィート(約91メートル)のフィールドで将来の夢の重ね描きをし続けたヘンダーソンは、まぶたを閉じてからこう言った。

「あの場所にはたくさんの思い出が詰まっている。僕にとっては今も特別な場所です」

約3.5億円を投じて実家の横にトレーニング場を設営…現在も使用する

 実は、ヘンダーソンはプロ入り後も「特別な場所」を使い続けている。2019年のドラフト2位でオリオールズから指名されると、契約金230万ドル(約3億5000万円)を投じて、実家の横に最新機器を備えたトレーニング場を作った。シーズンが終わると12月から2月までの3か月を実家で過ごす。

「新型の打撃練習用マシーンがあって毎日たっぷりと打ち込みをします。小さな町なので僕が卒業した高校の選手たちにすぐ話が広がって。なので、トレーニング場とバックヤードのフィールドを後輩たちに開放しています。あそこは水はけが学校よりもいいんですよ(笑)」

 7月16日(日本時間17日)にテキサス州アーリントンで開催された球宴に初選出されたヘンダーソンは、それまでにジャッジ、ドジャース・大谷翔平投手に次ぐメジャー3位の27本塁打を放ちホームランダービーにも出場。球宴明けには4安打を放ち後半戦に好スタートを切った。疲れがピークになる8月も安定している。

 8月27日(同28日)からオリオールズはドジャースとの3連戦に臨んだ。その初戦、テレビ中継の解説を務めるドジャースの元エース、オーレル・ハーシュハイザー氏は画面に浮かんだヘンダーソンの数字――打率.282(リーグ13位)、本塁打33本(同4位タイ)、打点(同13位)、長打率.914(同8位)、得点(同4位)――に「パワーもスピードも兼ね備え見ていて本当に楽しい選手」と絶賛。一方で、数字では測れない野球という競技への誠実さと強い気概が秀逸を極める。

単打でサイクル達成の打席で右翼線安打…躊躇なく二塁へ進んだ

 昨年8月20日(同21日)の敵地・アスレチックス戦で、ヘンダーソンは4打席目までに二塁打、三塁打、本塁打を放ちサイクル安打達成まであと単打のみとして10点リードの8回に第5打席を迎えた。得点圏に走者を置いた場面で、鋭いゴロで右翼線を破った。大差から意図的に単打にすることも許される状況であったが、躊躇することなく二塁へ向かう姿にダグアウトからは仲間たちが「なぜだ!」の声を上げた。

 あの時の心境が聞きたくなる。ヘンダーソンは淡々と語った。

「明らかに単打の当たりであれば僕は一塁で止まっています。でもあれはまごうことなき二塁打ですよ。正しい判断で思い切りプレーをしたのがあの結果になったということですね」

 記者は感動を逃すため胸の内でくぐもり声を出した――。野球小僧がそのまま大きくなったな。そして今、こう思う。

 この時代に、その若さで、野球の“頑固者”がいることがとても嬉しい、と。

○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続ける在米スポーツジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模野球部OB。シアトル在住。

(木崎英夫 / Hideo Kizaki)

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