平塚学園、10年ぶりベスト4進出 夏は初戦敗退…八木監督が選手に伝え続けた“言葉”
例年とは違う新チーム始動…秋は5試合で40得点
9月7日に開幕した秋季神奈川大会はベスト4が出揃い、10月5日に横浜スタジアムで準決勝(東海大相模-平塚学園、横浜隼人-横浜)が行われる。今秋の関東大会は神奈川開催のため、代表は例年より1枠増の3枠。優勝校には2回戦から登場する「スーパーシード」の恩恵が与えられる。
10年ぶりにベスト4に勝ち進んだのが平塚学園だ。4回戦の藤沢翔陵戦では1点ビハインドの9回に5点を入れて14-12で乱打戦を制すと、慶応との準々決勝では9回に1-4の劣勢から追いつき、タイブレークでサヨナラ勝利。1番を打つ主将の松本梗吾、中軸の藤原レイ、森春樹を中心にした活発な打線が特徴で、ここまでの5試合で40得点を挙げている。
この2試合、土壇場で底力を見せてきた。就任17年目を迎えた八木崇文監督にその要因を聞くと、「練習量だと思います。この夏の結果もあるんですけど、自分自身、危機感を持って戦ってきました」と口にした。
今夏、平塚学園は2回戦(初戦)で県立市ケ尾に3-6で敗れ、就任後初めて、初戦でトーナメントを去った。例年であれば、敗戦後2日ほどオフを入れるが、今年は違った。会場の秦野球場からバスで平塚市のグラウンドに戻り、3年生とともにミーティングをしたあと、午後から新チームの練習をスタートさせた。
新主将の松本「誰よりも勝ちたい気持ちが強い」
すぐに気持ちを切り替えられたわけではない。ただ、練習をしないことには先は見えてこない。背中を押してくれたのは、負けたばかりの3年生、そして「オレたちの代」と意気込む下級生の姿だったという。
「3年生が『自分たちが練習を手伝います』と言って、バッティングピッチャーやノックなど、いろんなサポートを積極的にやってくれました。本当に頭が下がります。その3年生の気持ちにも応えたかったんです」
新主将に就いたのは、3年生とともにレギュラーで出場していた松本。2年生のリーダー格としてチームを引っ張り、八木監督に指名を受ける前から、「自分がキャプテンをやる」と意気込んでいた。
「一番リーダーシップを持っていて、誰よりも勝ちたい気持ちが強いのが松本。良いことも悪いことも、仲間にしっかりと伝えることができる。仲間から嫌われることを厭わないキャプテンです」
新チームのスローガン「伝説を創る」
夏場、毎日練習を続けていく中で、松本ら2年生を中心にひとつのスローガンが生まれた。
伝説を創る――。松本がその言葉に込めた想いを語る。「このまま負け続けるのは絶対にイヤ。自分たちの代で平学の歴史を変えて、新しい伝説を創る」。そのために、夏休みに特に力を入れたのは打撃だ。近年、打てずに負けることが多く、一度劣勢に立つとひっくり返せない試合が続いた。
八木監督は「過去の試合を振り返ってみると、野球の質では負けていないという自信はありました。劣っているのはバッティング。新基準バットになることで、そこの差がより明確になる。夏休みはとにかくバットを振りました」と語る。
松本は「毎日3~4時間。フリーバッティングを中心に、バットを振り続けました。どこよりも振ってきた自信はあります」と堂々と口にする。練習量に裏打ちされた自信が、藤沢翔陵戦、慶応戦での土壇場での逆転劇につながっている。
名将・門馬監督から受けた刺激と学び
8月下旬には、近畿・中国遠征を実施し、門馬敬治監督が率いる創志学園とも戦った。門馬監督が東海大相模を率いていた時には、その存在を強く意識し、練習球に「打倒・相模」と記したこともあった。2022年の夏に岡山に移ったあと、グラウンドで会うのは今夏が初めてのこと。試合には勝ったが、何より勉強になったのは食事の席での言葉だったという。
「本気とは何か?」「指導者が本気にならなければ、勝てない」「本気にゴールはないから、とことんやるしかない」
選手たちと本気で向き合えているか。門馬監督の言葉を聞くたびに、自分の胸に問うた。さらに、こんな言葉をもらったという。「監督が選手をどれだけ信じられるか。信じられるような選手を育てていくのが、監督の仕事」。
ベンチ入りメンバーを選ぶのも、スタメンを決めるのも監督の役割だ。グラウンドに送り出した選手を信じてこそ、指導者と選手が一体になって戦うことができる。門馬監督と食事をした翌日、学んだことをそのまま選手に伝えた。そして、「おれはお前たちのことを信じて、戦っていくからな」と言葉を送った。
「一戦決勝」すべてが決勝戦
横浜スタジアムで行われる準決勝の相手は東海大相模。指揮官は原俊介監督に代わってはいるが、タテジマへの強い想いは変わっていない。
東海大相模と横浜スタジアムで戦うのは、2015年夏の準々決勝以来となる。7回まで1-1の展開も、8回に勝ち越され、9回には6点を奪われ突き放された。「あの時も三塁側で、次の試合もまた三塁側。やっぱり思い出しますよ」。
今大会に入ってから、八木監督がチーム全体に言い続けている言葉がある。「一戦決勝」。一戦一戦すべてが決勝。目の前の試合に全力を注ぎ続けた結果、ベスト4まで辿り着いた。次の準決勝も、決勝と同じ気持ちで戦う。
準々決勝後の取材で、八木監督は冷静な表情で口にした。「まだ何も成し遂げていないので」。ゴールはここではない。伝説を創る戦いは、始まったばかりである。
(大利実 / Minoru Ohtoshi)
○著者プロフィール
大利実(おおとし・みのる)1977年生まれ、神奈川県出身。大学卒業後、スポーツライターの事務所を経て、フリーライターに。中学・高校野球を中心にしたアマチュア野球の取材が主。著書に『高校野球継投論』(竹書房)、企画・構成に『コントロールの極意』(吉見一起著/竹書房)、『導く力-自走する集団作り-』(高松商・長尾健司著/竹書房)など。近著に『高校野球激戦区 神奈川から頂点狙う監督たち』(カンゼン)がある。