元阪神右腕の岐路…監督から「引退するか」 直訴した1年間の“猶予”「駄目だったら辞めます」|球界群像 川尻哲郎#6
元阪神・川尻哲郎氏【写真:山口真司】元阪神右腕・川尻氏 亜大総監督の一声で第3希望の日産自動車へ
まさに崖っぷちだった。元阪神、近鉄、楽天右腕の川尻哲郎氏は1991年、亜大から社会人野球・日産自動車に進んだが、なかなか目立った活躍ができなかった。入社2年間は都市対抗のベンチ入りもできず、社会人2年目(1992年)のオフには村上忠則監督から「引退するか」と打診された。「もう1年だけ、お願いします」。泣きながら現役続行を訴えて、エースの下で勉強することを条件にクビがつながったという。
日産自動車入りは亜大・矢野祐弘総監督のススメで決まった。「野球をやりたいやつは第3志望まで書けと言われて、1番目が熊谷組、2番目が朝日生命、3番目は日産自動車って書いて出したんです。そしたら、総監督に呼ばれて『お前は日産に行け、お前のことを欲しがっているから』って言われて、それならそういうところに行こうかなと思って……。もう2つ返事ですよ。『はい、ありがとうございます』ってね」と第3志望に決まった。
「日産は神奈川。最初の2つは東京だし、と思っていたんですけどね。それに熊谷組は(亜大先輩の)弓長(起浩)さんもいたし、パンチ(佐藤)さん(元オリックス)もプロに行ったりとか強いのはわかっていたし、それにね、けっこう支度金とかも出ていたりしていたんですよ。人にもよるんでしょうけど、そんな話も聞いていたから、いいなぁと思ってね。日産にはそういうのはなかった。おめでとうってソックスを2つくらいもらいましたけどね」
都市対抗は2年目までベンチ入りできず「通用する気配もないし」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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