「邪道」な先入観も…悪夢の13失点で決意 プロ入り呼んだ“転向”「パチンと振れだした」|球界群像 川尻哲郎#7
元阪神・川尻哲郎氏【写真:山口真司】元阪神・川尻氏、エースに“弟子入り”して社会人の自覚芽生える
阪神などでサイドスロー右腕として活躍した川尻哲郎氏は社会人野球・日産自動車3年目の1993年途中までオーバースローだった。それを日産自動車・村上忠則監督らから提案されて投球フォームを変更したが、当初は「サイドには邪道なイメージがあった」と嫌で嫌で、サイド転向を渋っていた。従うことになったのは、オーバースロー継続をかけた“大一番”で見事に打たれたからだったという。
1991年に日産自動車入りした川尻氏は最初の2年間、ほとんど活躍できず、村上監督から「引退するか」と打診された。それを泣きながら「もう1年続けさせてください」と懇願。エース左腕・久保恭久投手の下で勉強することを条件に現役続行となった。それからは先輩の教えを受け、よく相談して、社会人としての自覚を含めて、物事に取り組む姿勢から変わっていったという。
「朝5時すぎに起きて飯食って、6時くらいには電車に乗って横浜の会社に行っていたんですけど、前は寝坊したり、疲れて乗り過ごしちゃったりしては『今日は休みます』とかいうのがあったわけですよ。だけど、社会人としてそれでは駄目。真面目に会社も行くし、練習にも行くというふうになりました。当たり前のことなんですけどね。練習も30分前には行ってグラウンドを走って、それから合流するようにしたり、何か変えないといけないと思ってやり始めたんです」
いすゞ自動車との練習試合「上から投げて、打たれたら横にしろ」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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