田中将大、伝説シーンの光と影 “最後の打者”が明かした驚きの胸中「馬鹿だったな」

巨人・矢野謙次巨人2軍打撃チーフコーチ【写真:湯浅大】
巨人・矢野謙次巨人2軍打撃チーフコーチ【写真:湯浅大】

巨人の矢野2軍打撃チーフコーチが田中将大との対戦を回顧

 球史に残る名場面となった。今季から巨人に加入した田中将大投手は、楽天時代の2013年に24勝0敗という輝かしい成績を挙げ、球団創設初の日本一に貢献した。巨人との日本シリーズ第7戦、最終回に救援登板した田中将は、代打の矢野謙次(現巨人2軍打撃チーフコーチ)を三振に仕留めて歓喜の優勝を達成した。くしくも“演出”してしまった矢野コーチに当時の心境を聞いた。

「悔しいとかは全然ないですよ、うん。終わった瞬間に自分の打席を振り返っていました。俺、馬鹿だったなって」

 勝ったチームが優勝となる日本シリーズ第7戦。楽天が3-0のリードで迎えた9回のマウンドに上がったのは、前日の第6戦で敗戦投手も160球を投じて完投していた田中将だった。雨が降りしきるKスタ宮城(現楽天モバイルパーク)は、まさかの主役の連投に興奮の坩堝と化した。

 巨人打線は疲労が残る田中将から2安打を放って2死一、三塁とすると、代打で登場したのが切り札の矢野コーチだった。「明らかにまっすぐの球威は本来のものではなかった。向こうが嫌なのは長打。キャッチャーの嶋(基宏)の性格的にはリスクを考えるから絶対に変化球が多いと思った」。

 読みは当たっていた。全4球ともスプリットだったが、結果は空振り三振に終わった。「僕はまっすぐでズバーンって決められるのがすごく嫌なんです。僕には屈辱なんです。だから頭の中からまっすぐを消せなかったんです。当てられる球は1球きたんだけど、それをファウルにしちゃって、最後は1ボール2ストライクから振っちゃって三振。馬鹿だなと思ってベンチに戻りました」。

何度も流れる映像は「はい、どうぞって感じです」

 両手を突き上げた田中将のもとにナインらが一斉に集まり、あっという間に歓喜の輪ができあがった。ほとんどの選手が、目の前で相手の胴上げを見るのを嫌う。だが、矢野コーチは「そこは別に何とも思わなかったです。興味なかったですね。自分のことを考えていました」。当時の打席に迎うまでの圧倒的なアウェーの雰囲気ですら「そんなのは当たり前のこと。周囲の人は何か思うかもしれませんが、当の僕はなんとも感じていなかったです」。サラリと言い切った。

 歴史的瞬間の映像は今でも目にする機会は多い。それは最後の打者となった矢野コーチの屈辱的な三振場面の繰り返し再生でもある。「はい、どうぞって感じですよ。それで僕のことを認識してもらえるならありがとうございますって感じです。それで見た人に名前を覚えてもらえるのであれば全然オッケーですよ」と笑った。

 12年後、2人は巨人でチームメートとなった。「もう選手とコーチの関係になっちゃったけどね」。楽天日本一の名場面を演出した44歳は、また笑った。

(湯浅大 / Dai Yuasa)

RECOMMEND

KEYWORD

CATEGORY