“日本人単独最多勝”へあと1、ダルビッシュが衰えぬワケ 研ぎ澄ます“感性の引き出し”【マイ・メジャー・ノート】

ダルビッシュ「あんまり焦らずにやっていきたい」
13日(日本時間14日)、アリゾナ州ピオリア。パドレスのキャンプ地に柔らかい陽光が射しこむ。バッテリー組のキャンプイン2日目、ダルビッシュ有投手が初ブルペンに臨んだ。引き締まった体が充実したオフのトレーニングを映す。半年後には39歳になるメジャー14年目のベテラン右腕は、軸球の直球を主体に変化球を交えて32球を投げ込んだ。
6割以上を占めた回転のいい直球が若手捕手のミットにバシッと音を立てて収まる。最速は92.5マイル(約149キロ)を計測した。時折、バランスを崩し落胆の声を上げる場面が何度かあったが、一冬を越えたキャンプでの初投げらしい光景である。
「出力もだいぶ上がってきましたし。まだ体で調整しなければいけないところがありますけれども、球速もそこそこは出ていたので。よかったです」
キャンプ前の自主トレで2度ブルぺン入りし、この日が傾斜を使った3度目の投球だった。イメージと本来の感覚は少しずつ縮まりつつあるようだ。
昨季は韓国でのドジャースとの開幕シリーズで開幕投手に指名され、急ピッチでの調整を強いられたが、今季は通常通りに米国で公式戦に入っていく。「開幕に間に合うくらいでゆっくりやっていければいい。あんまり焦らずにやっていきたい」とマイペース調整だが、その精神的な余裕を生んでいるのは、昨季の戦列離脱を含めた過去の難局打破がある。
黒田博樹と並ぶ日米通算203勝…目前に迫る前人未到の領域
昨年5月19日、敵地でのブレーブス戦で野茂英雄、黒田博樹に次いで史上3人目のNPB/MLB通算200勝を達成したが、同月29日のマーリンズ戦で左股関節を痛め負傷者リスト(IL)入りすると、家族の事情で7月6日には制限リスト入り。戦列復帰は9月になった。レンジャーズ時代の2015年に受けた右肘の靭帯修復手術を乗り越えるなど、これまでに修羅場をくぐり抜けてきた経験が泰然さにつながっている。
昨季、7勝(3敗)を挙げ、広島、ドジャース、ヤンキースで活躍した黒田と史上最多タイの日米通算203勝で並び、今年の初勝利で前人未到の領域に踏み込む。そして、黒田が2014年のヤンキース時代に39歳で記録した32先発&199回を投げて11勝をマークした日本投手最高記録超えにも期待がかかる。ダルビッシュは黒田のその記録を聞かされると、「オー、すごいっすね!」と驚嘆の声を上げ、こう続けた。
「当時、イニングだけじゃなくて、黒田さんがいた時代は中4日がメインだったので。中5日で休み(がある)という感じでしたから。その中で、それに耐えて投げていたわけなので、本当にすごいなと思いますね。僕もそうなれたらいい。怪我をせず、33回くらいの先発はしたいなと思ってはいます」
日本時代を合わせプロ21年目のダルビッシュを「円熟味を増したベテランの投球に期待が高まる」といった、予定調和な括りをすればこの上なく味気ない。彼が持つ“感性”を見落としては“円熟“の2文字に艶を欠く。
ここ数年来言い続けている「勉強」という名の、独自収集したデータが配球の組み立てには欠かせない。では、打者の反応から次の1球を導く感性の引き出しをベテラン右腕は増やしているのだろうか。
「その年によって違ったり。自分の中でいまはこういう感じでアタックしたいとか、バッターをアウトを取るにはこういう形がいいんじゃないっていうのは、チーム内でもいろいろ話しをしながらアップデートしていくので。増えたり減ったりいろんな感じですね」
準備プラス必要な感性…整える多くの引き出し
データ専門の解析班の情報も参考にして配球を組み立てているが、こうした事前の準備だけでは打者は抑えられない。打者が投手の攻略法を変えてくることがあるからだ。その対応がマウンド上の裸眼から得る情報、つまり感性とつながっている。問いかけの答えから、ダルビッシュは多くの引き出しを整えている。
その引き出しが一体幾つあるかは分かるはずもない。ただ、これまで見えた中には、相手打者のファウルからその心理を読んで次の1球、そして結果球へと導いていくものがあった――。
1.コースが良くてファウルになる=打者が待っている球種やコースが読める
2.狙い球と違ったがバットが出てファウルになる=その日の打者の状態が分かる
3.狙い球が来たがタイミングがずれてファウルになる=調子の良し悪しや心理状態が察知できる
4.追い込まれたため、必死に食い下がりファウルで逃げる=打者の状態は悪くなく、読み合いの根気勝負になる
あくまで概観であるが、4年前に見せたドジャースのジャスティン・ターナーとの勝負は、この4つの観察眼をフル活用した3打席連続封じとして強く記憶に残っている。
技術、精神力は言うに及ばず。メジャー14年目を迎えたダルビッシュ有の円熟した投球知にまた触れたい。
○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続ける在米スポーツジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。
(木崎英夫 / Hideo Kizaki)
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