“リスト落ち”寸前だった阪神エース「切ろうかなと」 スカウト疑問も…3位指名の舞台裏

熊野輝光氏はオリックス退団後、2012年に巨人スカウトを務めた
1985年パ・リーグ新人王外野手の熊野輝光氏(元阪急・オリックス、巨人外野手、現四国IL・香川オリーブガイナーズ監督)は2013年から2024年まで阪神スカウトを務めた。2024年に13勝3敗、防御率1.83の成績を挙げるなどエース格に成長した才木浩人投手は担当して獲得した選手だ。「実はドラフトの年(2016年)の1月に候補のリストから切ろうかと思っていたんですよ」。それが突然「変わった」という。
熊野氏は2010年限りでオリックスを退団した。スカウト部長を務めていたが、その年の12月に来季契約を結ばないことを通達された。「翌年(2011年)は1年間“留年”したんです。その年は(古巣の)ヤマハ(旧名称・日本楽器)で臨時コーチという形でやらせてもらいました。で、その次の年(2012年)にジャイアンツ。巨人のスカウト部長だった山下(哲治)さんに尽力していただいたんです」。
大阪駐在の巨人スカウトを任されたが、1年で終了となった。「(2012年9月に阪神GMに就任した)中村勝広さんから『お前、何してるんや』って電話がかかってきた。(熊野氏がオリックス時代の2004年ドラフト自由枠で)金子(千尋投手)を獲ったのも(当時オリックスGMの)中村さんとだったしね。『今、ようやくジャイアンツに入ってスカウトをやらせてもらっています』と言ったら『そうか、よかったな』って。それだけだったんですけどね」。
事態は思わぬ方向に進んだ。「(阪神の)その年のジャイアンツとの最終戦、東京ドームで中村さんが巨人の代表に『熊野をくれませんか』と言ったみたいなんです。僕は全然そんなこと、知らなかったんですけどね。それで『熊野は阪神とできていたんじゃないか』と疑われた。ドラフト前から来なくていいってなって……。僕は『そんなことはないので阪神を断ってください』と言ったんですけど、わかってもらえなくて……。まぁ、巨人、阪神ということもあってね」。
助けてくれたのは中大の先輩で、巨人・阿部慎之助捕手(現巨人監督)の父・東司さんだった。「慎之助のオヤジさんは当時の巨人の代表とすごく仲がよくて、僕が事情を説明したら『分かった』って言ってくれたんです。それで話してもらって、誤解が解けました。(スカウト部長の)山下さんからも『すまなかったな』って電話をもらいました。だけど、もう帰りにくいじゃないですか。結局、阪神に行くことになったんです」。
阪神スカウトで才木浩人を担当…一度は候補リストからの削除も検討
そんなことを経て2013年から熊野氏は阪神スカウトとして動き出した。2024年まで務め、その間に担当した選手の1人が才木だ。2016年ドラフト3位で獲得した。神戸市立須磨翔風高の右腕には早くから着目していたという。「でもね、ドラフトの年の1月なんかは、もう候補リストから切ろうかなって思っていたんですよ」と明かす。「140ちょっとは投げていたけど、アーム式で投げ方が悪くてね。どこの球団のスカウトも『これじゃあねぇ』みたいな感じだったんです」。
それが変わった。「切ろうかなと思いながら、もう1回、2月に見に行ったら、全然、投げ方が良くなっていた。もう素晴らしく肘も使えるし、真上から、指にかかったボールがピシャーっと来る。剛球。ガーンと来るピッチャーで、もう全然変わった。これならちょっと上にも見せようと思った。で『これはいいね』って、なったんです」。その後もマークを続け、ドラフト3位での獲得に成功したわけだ。
「でもね」と熊野氏は苦笑しながら、こう続けた。「才木はね、目茶苦茶、練習するんですよ。もうホントに野球しかないってくらい練習好きで、いろいろ自分で考えながらやったりするんです。で、ドラフトにかかったオフ、1月に来た時に見たら、また全然変わっていたんですよ。悪い方にね。えーってなりましたよ。『お前、なんやそれ』ってね。それで、僕もずっとつきっきりで……。あの時も大変でしたよ」。
才木はプロ1年目の2017年シーズン終盤、1軍で2試合に投げた(0勝0敗1ホールド)。「ファームでいろんなことをやって、だんだんフォーム固めもできてきて、それを金本(知憲)監督が見て、これ、やれるねって感じで最後に使ってくれたんですよね」と熊野氏は振り返る。その後、才木は右肘を痛めて2020年にトミー・ジョン手術を受けたが、2022年に復活。2023年8勝、2024年13勝と前進を続けている。
「プロに入って思った以上に腕の振りが良くなって、指のかかりもよくなって、やっぱり負担はきていたんでしょうね。それで手術しましたけど、よくなりましたからね。やっぱり、あの子はね、ほっといてもやるんでね。(術後の)リハビリもホント完璧にやってきたんですよ。まぁ、今後も、変にやりすぎてまた負担をかけないように、っていうのはあるんですけど、いろんなことも、もう彼はわかっていますからね」
才木の成長は熊野氏にとって楽しみの1つ。「去年(2024年のプレミア12で)日本代表のピッチャーにもなってくれましたしね。それもまたいい経験になったと思いますよ」と目を細めた。
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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