「俺、いらないのかな」落合竜を1年で去ったワケ 「入院しろ」拒否して見せた“意地”|球界群像 鈴木孝政#22
元中日・鈴木孝政氏【写真:山口真司】鈴木孝政氏は落合竜1年目にヘッドで入閣…3年契約も1年で退団した
予想通りの入閣だった。指揮官を手助けするためにユニホームを着たが……。中日OB会長で野球評論家の鈴木孝政氏は1989年シーズン限りで現役を引退した。解説業を経て1995年から1997年までは主に中日2軍投手コーチとして投手育成に力を注いだ。その後、再びネット裏での生活に入り、2004年シーズンに落合博満監督率いる中日に復帰。3年契約でヘッドコーチに就任した。ところが、鈴木氏にとっては思わぬ事態が起きた。
鈴木氏は落合氏と現役時代から良好な関係にあった。落合政権が誕生した際、鈴木氏が入閣するのは、既定路線のように見えるほど、中日では知られた間柄だった。「ピッチングコーチをやる予定だった。落合さんからは、俺はピッチャーのことはわからないから、孝政頼む、ってそんな感じだったからね。投手の方は俺がやるんだなって思っていた」。だが、球団はヘッドコーチとして招聘。スタートからズレがあった。そして、そのかみ合っていない部分が広がっていった。
肩書きはヘッドコーチから1軍投手チーフコーチに変わったが、それだけでは終わらなかった。「投手コーチには森繁和がいて、現場に入ってみたら、俺っていらないのかなって思った。俺だってバカじゃないから雰囲気ですぐわかるよ」。結果、シーズン途中には2軍投手コーチに立場が変わることになった。2004年6月13日のヤクルト戦(秋田)が落合中日の1軍コーチとしての最後の試合だった。
周囲は「絶対やめるな」も「それだけは駄目だった」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
球界群像〜鈴木孝政編〜
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