「大谷さんだから」思考に警鐘 ダルビッシュが感じる日本人投手と野手の“違い”

パドレス・ダルビッシュ有【写真:Getty Images】
パドレス・ダルビッシュ有【写真:Getty Images】

WBCで日本の若手投手と交流「今の投手の方がオープンマインド」

 3月の「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」では野球日本代表「侍ジャパン」の結束力を高めるため、陰になり日向になり、経験ある最年長選手としてチームを支えたダルビッシュ有投手(パドレス)。直前合宿が行われた宮崎では、初対面も多い日本の若手投手たちと積極的に交流を図り、意見交換する風景が「ダルビッシュ塾」として広く取り上げられた。メジャー12年目を数える右腕は「宮崎には大谷(翔平)くんが来ていなかったから、メジャーから1人だけ参加していた僕に注目が集まっただけですよ」と笑うが、日本の若手投手と図ったコミュニケーションは、自身にとっても有意義なものになったようだ。

「彼らから学んだことはたくさんありますよ。第一に思ったのは、僕がメジャー移籍した当時と比べると、今のピッチャーの方がオープンマインド。だからこそ、入ってくる新しい情報を色々トライする。トライする時のハードルが低いから、その経験は成長につながるし、引き出しにもなりやすいなと思いました。僕が以前、こうなってほしいと思っていた状況になっているように感じます。ピッチャーに関しては」

 自分のやり方に固執するのではなく、常によりよいものを取り入れたいと願う向上心に触れたことが、何よりもうれしかったようだ。新しく手に入れた情報をとりあえず試す。自分に合えば取り入れればいいし、合わなければ参考程度に留めておけばいい。ダルビッシュ自身、色々と試行錯誤を繰り返しながら、今ある姿にたどり着いた。

 43歳の今も現役スプリンターを続ける五輪銀メダリスト、末續慎吾選手が以前、「本当の一流スポーツ選手とは、自分のやってきたことをきっちり別の誰かに渡せる手段を持っている人」と言っていたことがある。ダルビッシュもまた、自分が重ねた経験は次の世代につないでこそ、意味を増すと考えている。

「昔の日本は特にそうだったと思うんですけど、自分の技術は教えなかった。それは自分のポジションを奪われたくないから。そうやって自分のことばかり考えていると、野球界はまったく前に進まない。僕がプロに入った時、野球界はそういう感じでした。でも、僕は日本の野球が大好きだし、1番になってほしいと思う。だから、そのためには野球界全体が、組織として、団体として、情報共有することは絶対に必要だと思いますし、僕はそれをずっとやってきている感じですね」

 ダルビッシュが仲間や後輩たちに技術や知識、経験を伝え始めたのは、決して最近のことではない。日本ハムにいる頃から情報を発信し、伝え続けてきた。同時に、WBCでは「僕が教えている感じになっていましたけど、僕もその分みんなに聞くし、みんなもオープンに話してくれた」という。「こういう情報共有があるから、これからどんどんいい方向にいくんだろうなと思いました。ピッチャーに関しては」と言葉を続けた。

侍ジャパンの一員として世界一に貢献したエンゼルス・大谷翔平【写真:ロイター】
侍ジャパンの一員として世界一に貢献したエンゼルス・大谷翔平【写真:ロイター】

日本投手陣の変化を感じる一方、野手の現状は「少し違うと思いますね」

 ここまで2度登場した「ピッチャーに関しては」という言葉、やはり聞き逃すことはできないだろう。野手に関してはどう思うのか尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。

「野手は少し違うと思いますね。ピッチャーは、僕もそうですけど、SNSを使って情報発信する人がいる。例えば、昔はサプリメントなんて誰も飲んでいなかったけど、情報発信してきたことで今はみんな飲み始めている。でも、野手は情報発信をする人がいないから、今でもトレーニングはバランス系のものばかりやっているし、筋肉をつけたら重くなるとか言っている。発信しなくてもいいから、日本の文化や日本人がどういう性格なのか、どういう物の捉え方をするのか、それを理解できる人が、野球界でリーダーシップをとって、色々と情報共有をしていけばいいんだと思います」

 最近では野手も、オフシーズンになると球団の垣根を越えて一緒にトレーニングに励む選手たちが増えてきたし、個々が持つ能力は高い。だが、まだ投手ほど球界全体として情報共有はされておらず、全体の底上げが進む段階にはないと感じたようだ。

 ダルビッシュが感じている投手と野手の違い。メジャーで日本人は野手よりも投手の方が成功しやすい傾向にある理由は、もしかするとこの違いにヒントが隠されているのかもしれない。

 今、日本が誇るトップ打者と言えば、メジャーで本塁打王のタイトルを射程に捉える大谷翔平投手(エンゼルス)だろう。ダルビッシュは「1番いいのは大谷くんが言ってくれるのがいい」と言うが、大谷の姿から学ぶ姿勢も大切だと指摘する。

「今までメジャーでプレーしてきた日本人野手の中でも、イチローさんは別として、大谷くんはスゴイ成績を残している。今と昔の大谷くんを比べてみて、何が違うんやろって考えた時、その答えははっきりしているじゃないですか。日本人の良くないところは『あれは大谷さんだから。彼は特別だから、自分たちにできるわけがない』となってしまうところ。そのマインドが変わればいいなと思います。大谷くんがどうしてあんなに打てるのか。それを理解しようとすることは、すごく頭を使うしエネルギーのいること。本能的に『自分にはできない』とシャットダウンしてしまいがちだけど、自分ができるようになるためにはどうしたらいいか、理解しようとすることが大事だと思います」

 これまでメジャーで数々の一流投手を目の当たりにし、彼らと同じレベルに達し、超すためには何が必要か、考え、悩み、挑戦し続けた。『自分にできるわけがない』という考えは捨てよう。それこそが、いち野球人として投手・ダルビッシュから野手に伝えたい経験であり、檄なのかもしれない。

(佐藤直子 / Naoko Sato)

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