桐蔭学園vs星槎国際湘南…神奈川対決で実現した師弟対決 “教え子指揮官”が抱いた感慨
星槎国際湘南の土屋恵三郎監督は、桐蔭学園の指揮官として春夏10度甲子園に導く
9月9日に開幕した秋季高校野球神奈川大会。保土ヶ谷球場では桐蔭学園-星槎国際湘南の「師弟対決」が実現した。
星槎国際湘南の土屋恵三郎監督は、桐蔭学園のOBで、選手として1971年夏の甲子園で全国制覇。1982年から監督に就き、春夏10度の甲子園に導いた実績を持つ。2015年より星槎国際湘南を率い、2018年の南神奈川大会ではベスト4に勝ち進んだ。
桐蔭学園の片桐健一監督もOBで、土屋監督の教え子にあたる。大学卒業後に母校に戻り、コーチ・部長として20年近くにわたり、土屋監督のもとで野球を学んだ。2017年から名門の指揮を執り、2019年には森敬斗(DeNA)を擁し選抜大会に出場した。
毎年のように練習試合を組む仲であるが、公式戦での直接対決はこの日が初めてだった。抽選会が行われたのが、開幕2日前の9月7日。片桐監督は選手から抽選結果の報告を受けると、真っ先に恩師・土屋監督に電話を入れた。
「お、当たったのか?」
「はい、当たりました」
「どこだ? 何回戦だ?」
「初戦です」
「何を~!」
抽選の数日前には一緒に食事にも行き、新チームの現状について話し合っていたという。チームの実績を考えると、星槎国際湘南はチャレンジャー。逆に、桐蔭学園は負けられない戦いになった。
桐蔭学園が8-0の7回コールドで快勝
試合開始時の挨拶。片桐監督はいつも以上に深々と頭を下げていたように見えた。初回は、星槎国際湘南の1年生左腕・高橋壯輔と、桐蔭学園のアンダースロー・杉本早由貴(2年)がともに3者凡退に抑える静かなスタートとなったが、2回に試合が大きく動いた。
桐蔭学園が、4番・若井勇輝(2年)のレフト前ヒットで出塁すると、高橋のボークで二塁へ進塁。久我孝太(1年)のバントが高橋のエラーを誘い、桐蔭学園が1点を先制した。さらに、四球や投内連携のミスなどで加点し、なおも2死満塁と攻め立てると、2番・深松風太(2年)が走者一掃の3点三塁打を放ち、計5点のビックイニングを作った。
その後、桐蔭学園は5回に2点、7回に1点を追加し、8-0の7回コールドで快勝した。投げるほうでは、杉本が内外角を丁寧に突くピッチングで6回2安打の好投を見せると、7回には最速145キロの左腕・須田健太(2年)がストレート中心の攻めで押し切り、無失点リレーで試合を締めた。
星槎国際湘南は、守備のミスが絡んだ2回の大量失点が大きく響いた。試合後、土屋監督は右手を上げて、片桐監督の挨拶に応えると、すぐにベンチ前でミーティングを開き、短く声をかけた。「負けたのは監督の責任。ひとりひとりが反省して、ここから強くなっていこう。この敗戦からまたスタートだからな」。
母校との初対決での完敗だけに、悔しさも残る。「公式戦では初めてかな。母校の胸を借りる、というかね。母校とやって、もっといろんな勉強をしたかったけど、今日は攻守にいいところが出なかったかな。選手たちの経験値にも違いがあるので、これからしっかり育てていきます」。
「勝ち負け以上に大きな意味を感じながらやっていました」
片桐監督に「負けられない戦いでしたね」と話を振ると、「それはもうぼくの個人的なものですが……」と前置きしたうえで、土屋監督への想いを語り出した。
「うちの桐蔭学園を作ってくださったのが、木本先生(木本芳雄氏/1971年夏に桐蔭学園を率いて日本一)であり、土屋監督です。われわれスタッフは土屋監督の教え子ですし、ぼくが一番長く、監督の下でやらせてもらったので、今日は特別な意識がありました。全力で戦っているところを見てもらって、またこのあとにいろんなご指導をいただけたらと思っていました。勝ち負け以上に大きな意味を感じながらやっていました」
ミーティングでは、土屋監督が果たしてきた功績を選手たちにしっかりと伝えたうえで、試合に臨んだという。
コーチ・部長として、土屋監督からもっとも得た学びとは何か――。
「いっぱいあるんですけどね……」と数秒考えたあと、こう答えた。
「個人的には立ち居振る舞いですね。監督のため、選手のため、周りの人のために、全力でアンテナを張って、全力で気を利かせて、動くこと。土屋監督は、視野が広くいろんなことを厳しい目で見られている方なので。掃除や挨拶、礼儀の大切さなど、そこはもうぼくの中に自然に染みついています。野球の面で言えば、ひとつのことを徹底して、丁寧に行い、隙を見せないこと。ぼくが監督になって、土屋監督のとおりにやろうと思っていた時代もありましたけど、子どもの気質も変わってきているので、少し“ふわっと”させてあげないところもあるかなと感じています」
“ふわっと”という表現が何ともいい。
「『隙を見せるな!』と言い過ぎると、今の子たちは硬くなるので、結果を恐れずに思い切ってやることも必要。そのあたりはよく考えるようになりました」
桐蔭学園は今春、丸刈りから「髪型自由」に方針転換
今年4月、桐蔭学園に大きな変化があった。丸刈りをやめて、「選手個々に任せる」(校則の範囲内)と方針を変更したのだ。
「時代の流れもあって、結構前から考えていたことではあるんです。強制ではなく、自己管理を大事にしたい。もともと、ぼくが入学したときには、学ランからブレザーになったタイミングで野球部もスポーツ刈りになった時代もあったんです」
その後、甲子園で負けてから丸刈りに戻った経緯もあるそうだが……。
また、今年のチームは、エースの中村流彗がキャプテンで、先発した杉本が副キャプテンと、投手陣が重責を担う。「ぼくが関わるようになってから、ピッチャーにキャプテンを任せるのは初めてです。この代に足りないものを持っているのが中村で、嬉しいときは嬉しい、悔しいときは悔しいと素直に表現ができる。周りへの気遣いにも長けていて、Bチームの1年生や、野手に対しても声かけができる。しっかりと引っ張ってくれています」。
じつはこの日、中村は体調不良でベンチから外れていた。ほかにレギュラー2人も体調不良でベンチ外。順調に回復すれば、3回戦(9月16日)からは復帰できるとのことだ。
秋の戦いに向けて、「とにかく練習をしてきたチーム」と、指揮官は練習量に自信を持つ。「ほかのチームと比べるかは別にして、うちとしては限界を超えるまではやってきました」。
夏休みはほぼ毎日、6時20分から1時間半の朝練を実施。その後、午前中に軽く休みを入れたあと、12時半から19時まで野球に打ち込んだ。
監督に就任してから、口癖のように語り続けている言葉がある。「練習で培った力をどこまで発揮できるか、普段通りの野球をやれるか。そこがすべてだと思います」。
甲子園に出場し、強い桐蔭学園を再び全国に見せることが、恩師・土屋監督への恩返しにもなる。
(大利実 / Minoru Ohtoshi)
○著者プロフィール
大利実(おおとし・みのる)1977年生まれ、神奈川県出身。大学卒業後、スポーツライターの事務所を経て、フリーライターに。中学・高校野球を中心にしたアマチュア野球の取材が主。著書に『高校野球継投論』(竹書房)、企画・構成に『コントロールの極意』(吉見一起著/竹書房)、『導く力-自走する集団作り-』(高松商・長尾健司著/竹書房)など。近著に『高校野球激戦区 神奈川から頂点狙う監督たち』(カンゼン)がある。