「勝児を見ていただろう」 秋季大会敗退の慶応…号泣する加藤主将に部長が掛けた言葉
慶応は秋季県大会準々決勝で敗退…主将で「3番・捕手」の加藤は泣き崩れた
10月1日に閉幕した高校野球秋季神奈川大会は、桐光学園が17年ぶり3度目の優勝を飾り、準優勝の横浜とともに秋季関東大会出場を決めた。
今夏の甲子園を107年ぶりに制し、「夏春連覇」への挑戦権を全国で唯一持っていた慶応は、準々決勝で桐光学園に0-4で敗戦。中盤まで0-0の接戦も、先発の小宅雅己が7回に掴まり3点を失うと、打線も桐光学園・法橋瑛良の緩急自在の投球に対応できず、3安打完封負けを喫した。
敗戦の責任を一身に背負っていたのが、主将・3番・キャッチャーの大役を担った加藤右悟だった。
試合後、森林貴彦監督、小宅とともに取材場所に現れた加藤は最初からうなだれ、泣いていた。記者からの質問にも涙声で言葉にならない。それを見た森林監督は優しい表情で、加藤の背中をさするように、そっと右手を添えた。
秋の県大会で、ここまで泣く選手はめったにいない。夏の優勝メンバーから加藤、小宅、鈴木佳門らが残り、来春の選抜大会を狙えるだけの力は十分にあったが、準備期間があまりに短かった。
森林監督に「日本で一番、新チームの戦いが注目されたと思いますが」と質問を振ると、冷静な口ぶりで答えた。
「何らか、選手は重たくなる部分はあったと思うので、これで少しは重荷が取れる部分があると思います。もう一度、野球に対して素直に向き合って秋冬を過ごして、来年の春夏にいい成果を出せるように頑張っていきたいです」
「野球大好き、野球楽しい」が加藤の魅力
3人が並んだテレビ向けの合同取材が終わった後、ペン(新聞や雑誌)向けの個別取材に入った。そこでも加藤は泣き続け、取材対応が難しい状況になっていた。
森林監督であれば、今の加藤にどんな言葉をかけるか――。
「キャプテンで、キャッチャーで、3番バッターでかなり重たかったと思います。彼の一番いいところは、『野球大好き、野球楽しい』というところなので、それを忘れないように『目の前の野球を楽しみながら、レベルを上げていこう』という話をしたいと思います」
まさに、森林監督が常々話している『エンジョイ・ベースボール』を表現した言葉である。
結局、加藤は取材対応が難しく、一旦ロッカールームに戻ることになった。その間に森林監督、小宅の取材は終了。心の中では「あれだけ泣いていたら、加藤の取材はないのでは」と思っていた。
待つことおよそ5分――。
赤松衡樹部長に連れられて、加藤が取材場所に戻ってきた。まだ泣いていたため、立ちながらの取材は酷だと判断し、長椅子に座っての対応となった。
改めて、今日の試合について。
「自分が1本も打てなくて、小宅のこともしっかり引っ張れなくて……。秋から出ているメンバーが少なかったので、引っ張らなきゃいけなかったんですけど、自分の力が足りなかったです」
泣きながらも言葉をつないだ。
森林監督の「野球大好き、野球が楽しいというのが加藤のいいところ」というメッセージを伝えると、我慢していたものが一気に切れたかのように、嗚咽を漏らした。
「森林さんがずっと声をかけてくれて、勝たせてあげたかったんですけど、悔しいです」
先輩の清原勝児が与えた影響
じつは、一旦ロッカールームに戻った加藤に対して、赤松部長がこんな声をかけていた。
「つらいのはわかるよ。でも、どんなにつらい時でも、インタビューに嫌な顔せずに答えていた勝児を見ていただろう。時間がかかってもいいから、準備ができたらインタビューに行ってこい。これまでウチが勝った裏では、負けた学校もみんな同じ想いをしていたんだぞ」
勝児とは、甲子園優勝メンバーの清原勝児のことだ。清原和博氏の次男ということで、大きな活躍をしていなくても、取材の場に呼ばれることが多かった(通常、選手2人が指名されることが多い)。送りバントひとつで呼ばれた時もあり、森林監督が苦笑いを浮かべていたこともあった。
それでも、清原はさまざまな質問に真摯に丁寧に答え、「注目されることはわかっているので」と冷静に自分の立場を受け止めていた。
赤松部長にはこんな想いもあったという。
「今夏の決勝後、横浜高校の緒方(漣)くん、杉山(遙希)くんが悔しい気持ちがありながらも、しっかりとインタビューを受けていたのも見ていました。勝ったから取材を受けて、負けたから受けないというのも、また違いますから」
赤松部長は、あまりに落ち込んでいる加藤のことが心配になり、試合当日の夕方に「大丈夫か?」と電話を入れた。まだ声のトーンは沈んでいたが、携帯を切ったあとすぐに、「電話ありがとうございました!」とLINEが届いたという。
「私の言葉が加藤にどれだけ響いたかわかりませんが、負けたことも含めて、こうした経験をすべてプラスに変えられるのが加藤のいいところ。必ず、成長してくれるはずです」
敗戦翌日には、加藤を中心に選手ミーティングを開き、これから進むべき方向性を話し合った。
例年、キャプテンによってチームの色が大きく変わるのが慶応義塾の特徴である。これからどんな色を描いていくのか。新チームの戦いは、まだ始まったばかりだ。
(大利実 / Minoru Ohtoshi)
○著者プロフィール
大利実(おおとし・みのる)1977年生まれ、神奈川県出身。大学卒業後、スポーツライターの事務所を経て、フリーライターに。中学・高校野球を中心にしたアマチュア野球の取材が主。著書に『高校野球継投論』(竹書房)、企画・構成に『コントロールの極意』(吉見一起著/竹書房)、『導く力-自走する集団作り-』(高松商・長尾健司著/竹書房)など。近著に『高校野球激戦区 神奈川から頂点狙う監督たち』(カンゼン)がある。