「吹田の主婦」の命名者…近藤大亮氏の第2の人生 古巣復帰で「さらに輝くように仕事を」

オリックスに広報として復帰した近藤大亮氏【写真:北野正樹】
オリックスに広報として復帰した近藤大亮氏【写真:北野正樹】

前例なき復帰で最後のマウンドに

 昨年で現役を引退した元巨人の近藤大亮氏が、1月から古巣のオリックスに復帰し、1軍チーム付きの広報担当として新たなスタートを切った。「最後に離れてしまいましたが、大好きなチームに戻ってくることができてうれしいですね。大好きな人たちと形は違えど、一緒に働けることにワクワクしています。不安もありますが、チームの戦力になれるように頑張ります」。仕事初めから3日後、近藤さんは現役時代と同じように記者の目を見据えた。

 近藤さんは、大阪府出身。浪速高、大商大、パナソニックから2015年ドラフト2位でオリックスに入団した。身体全体を使ったダイナミックなフォームで投げ込む最速155キロのストレートが武器の右腕。中継ぎに転向した2年目から3年連続して50試合以上に登板し、ブルペン陣を支えた。登板機会が減った2023年オフにトレードで巨人に移籍、昨シーズンを最後に現役を引退した。

 10年間のプロ生活は怪我との闘いでもあった。力投に肩や肘が耐え切れず離脱することもあり、2020年9月にはトミー・ジョン(TJ)手術を受け、育成選手に。2022年3月に実戦復帰し、翌月に支配下に復帰すると、32試合に登板し防御率2.10でリーグ連覇に貢献。ヤクルトとの日本シリーズ第2戦(神宮)では3-3の延長12回から登板し、打者3人に対し12球全てをストレートで勝負。中村悠平捕手、丸山和郁外野手を連続して空振り三振、長岡秀樹内野手を中飛に仕留め、完全復活を果たした。

 巨人でも、怪我に見舞われた。昨年3月のソフトバンクとのオープン戦(みずほPayPayドーム)で、7回からマウンドに登ったが投球練習中に肩に異変を感じ打者に1球を投げただけで緊急降板し、腱板断裂と診断された。登板前から違和感はあったが、「今年ダメなら引退すると臨んだシーズン。痛いと言えばリハビリからのスタートになるので、白旗は上げたくなかった。マウンドにかける思いも伝えたかったんです」と振り返る。

 3軍で続けたリハビリでも、妥協はしなかった。医師からは手術以外で復帰した例はないと言われたが、早期復帰を目指し保存療法を選択。9月27日のロッテ戦(ジャイアンツタウンスタジアム)で最後のマウンドに立つことができた。「前例がないなら僕が前例を作りますと言ったんです。朝から夕方まで誰よりも練習して、誰よりもトレーニングをしたと思っています。トレーナーの方々や支えて下さったみなさんには感謝しかありません」

 後輩への思いもあった。「20歳前後の選手が多い3軍で、34歳のオッサンが投げられるかどうかもわからないのに練習をしていることで、響く選手には響いてほしいなと。何かしらの刺激になってほしいなという思いで1シーズンをやり続けました」。若手選手からねぎらいの言葉を受けたほか、球団が引退セレモニーを開いてくれたことからみても、近藤さんの思いは十分に伝わったはずだ。

 選手時代から、ファンサービスを常に考えていた。2020年のファンフェスタの企画で、近藤さんが「京都の和菓子職人」、杉本裕太郎外野手が「神戸のパティシエ」に自前のコスチュームで扮した。この際、山崎颯一郎投手が裸の上半身に三角巾とエプロン姿で登場したが、衣装を用意して「吹田の主婦」と名付けたのは近藤さんと杉本だった。

 3年ぶりに戻ったオリックスでは、マスコミ対応などの広報業務を担う。「選手として広報の仕事はイメージしてきましたが、選手から見えない部分でこんなに考えて動いてくださっていたとは知りませんでした。チームや選手を多くの方に知っていただき、さらに輝くように仕事をしたいと思います」と抱負を語る。

「腕がちぎれるまで投げます」をモットーにしてきた。「本当にちぎれてしまったので、悔いはありません。常に全力で投げてきた10年間。半分程度はリハビリでしたが、TJ手術をして治るまで支えて下さったオリックス、何の結果も残せなかったのに配慮をしていただいた巨人さんには感謝しかありません」。感謝の思いを持ち続け、チームを陰で支える裏方に、マウンド同様に全力投球で臨む。

〇北野正樹(きたの・まさき)大阪府生まれ。読売新聞大阪本社を経て、2020年12月からフリーランス。プロ野球・南海、阪急、巨人、阪神のほか、アマチュア野球やバレーボールなどを担当。1989年シーズンから発足したオリックスの担当記者一期生。関西運動記者クラブ会友。2023年12月からFull-Count編集部の「オリックス取材班」へ。

(北野正樹 / Masaki Kitano)

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