中日首脳とギクシャク…8月に決めた引退 新監督から打診も固辞、ぽっきり折れた心|球界群像 米村明#22
元中日・米村明氏【写真:山口真司】元中日・米村氏はプロ7年目に現役引退を決断
中日で第1次星野仙一監督体制が幕を閉じた1991年、左腕・米村明氏も現役を引退した。プロ7年目での決断だった。左肘の状態が思わしくなかったこともあるが、ラストイヤーは2軍で抑えなどを務めながら、1軍へ一度も推薦されず、気持ちも切れていた。「あの年は沖縄キャンプの時から……」。オフに新監督に就任した高木守道氏から、まさかの現役復帰を打診されたが「もうしんどいです」と断ったという。
米村氏はプロ4年目の1988年に先発、リリーフにフル回転して30登板(12先発)で7勝4敗の好成績。中日のリーグ優勝に貢献したが、それは左肘痛と闘いながらの結果でもあった。その後はリリーフがメインとなり、5年目(1989年)は25登板で2勝2敗。6年目(1990年)はシーズン初登板が5月3日の巨人戦(東京ドーム)までずれ込んだ。左肘の状態が万全ではなかった。
その年、唯一先発した7月21日のヤクルト戦(ナゴヤ球場)に2回3失点で降板後、2軍落ち。それ以降は1軍に戻ることはなく、14登板で0勝0敗だった。「2軍の時に肘が痛いんで、ちょっと治療に専念したい、みたいなことも言ったと思う。でも、それは許されませんでした。その頃から(2軍首脳陣と)何か噛み合わない感じにはなっていましたね」と米村氏は唇を噛む。その後は痛み止めの注射などで無理をしていただけで、左肘の状態はずっと平行線だったそうだ。
現役復帰の打診も決断は変わらず「辞めてよかった」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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