会話は挨拶だけ…コーチから“無視”された打者 今になって理解できる「真意」|球界群像 浅井樹#5
元広島外野手で、現在はカープ・ベースボールクリニックコーチを務める浅井樹氏はプロ6年目の1995年にチャンスをつかんだ。同期入団で同い年の前田智徳外野手が5月23日のヤクル…
会話は挨拶だけ…コーチから“無視”された打者 今になって理解できる「真意」|球界群像 浅井樹#5
元広島外野手で、現在はカープ・ベースボールクリニックコーチを務める浅井樹氏はプロ6年目の1995年にチャンスをつかんだ。同期入団で同い年の前田智徳外野手が5月23日のヤクル…
なめていたプロ野球「何なん、この人たち」 忘れられぬドラ1の“2階から降る超魔球”|球界群像 浅井樹#4
1989年のドラフト会議で6位指名されて、富山商の浅井樹外野手(現カープ・ベースボールクリニックコーチ)は広島に入団した。その時のドラフト1位はNTT中国の佐々岡真司投手だ…
「かかってこい」のはずが…へし折られた鼻っ柱 前田智徳は「スゲーな、しかなかった」|球界群像 浅井樹#3
同期に前田智徳外野手がいた。ドラフト4位入団、熊本工出身の同い年のライバルはとてつもなかった。元広島外野手の浅井樹氏(カープ・ベースボールクリニックコーチ)はドラフト6位で…
“しゃぶしゃぶ接待”で「お前ら頼むぞ」 社会人入りのはずが…まさかのドラフト指名|球界群像 浅井樹#2
走攻守3拍子揃った逸材として注目を集めた。元広島外野手の浅井樹氏(カープ・ベースボールクリニックコーチ)は富山商時代の2年夏と3年夏に甲子園に出場した。いずれも初戦敗退に終…
鷹加入の助っ人右腕は“やっかいな敵”に? オリキラー誕生をOB警戒「昨年もやられた」
ソフトバンクは14日、京セラドームで行われたオリックス戦に3-3で引き分けた。オリックスの新星・山下を6回途中でKOしながら、8回にセットアッパーのモイネロが追いつかれて、…
オリの“朗希級”20歳にOB評論家があえて注文 「どんどん投げたほうがいい」第3の武器
オリックスの3年目、20歳の右腕・山下舜平大投手が14日のソフトバンク戦(京セラドーム)に先発し、6回途中3失点で降板した。試合は延長12回3-3の引き分けに終わったが、山…
胸ボタン外して腕まくり…打席で投手を“威嚇” 「びびらせろ」指揮官から異例の指令|球界群像 浅井樹#1
左打席に入ると、ユニホームの袖をまくって太い二の腕を相手投手に見せつけた。“さあかかってこい”と言わんばかりのポーズ。かつて、このポーズをルーティンにしていたのが元広島外野…
突然の“首脳陣一掃”で戻ってきた落合博満 監督就任は幻に…低迷する中日への思い|球界群像 鈴木孝政#23
元中日投手で野球評論家の鈴木孝政氏は2015年11月29日に中日のOB会長に就任した。ドラゴンズ一筋の野球人生。かつての快速球投手は立浪和義監督の成功を心から願う。「立浪監…
「俺、いらないのかな」落合竜を1年で去ったワケ 「入院しろ」拒否して見せた“意地”|球界群像 鈴木孝政#22
予想通りの入閣だった。指揮官を手助けするためにユニホームを着たが……。中日OB会長で野球評論家の鈴木孝政氏は1989年シーズン限りで現役を引退した。解説業を経て1995年か…
「年齢違反じゃないのか」 辛辣ヤジも…腐らず全うした“34歳の2軍開幕投手”|球界群像 鈴木孝政#21
中日OB会長で野球評論家の鈴木孝政氏はプロ17年目の1989年シーズン限りで現役を引退した。「バッターはごまかせてもボールはごまかせない」。10月7日の引退発表会見ではそう…
「どうするんや、来年」 日本S帯同も“蚊帳の外”…闘将の一言で察した戦力外|球界群像 鈴木孝政#20
現役生活の晩年はどうしても悔しい思い出の方が多くなる。中日OB会長で野球評論家の鈴木孝政氏はプロ16年目の1988年、屈辱的な気分を味わった。その年、星野仙一監督率いる中日…
阪神・村上に重なった213勝の“精密機械” 元虎右腕が絶賛「末恐ろしい投手」
阪神の3年目右腕・村上頌樹投手が開幕からの連続イニング無失点のセ・リーグタイ記録をマークした。9日のヤクルト戦(甲子園)に先発して6回までゼロに封じて1963年の中井悦雄投…
ヤクルトに“虎キラー”「タイミングがとりづらそう」 専門家も注目の独特フォーム
ヤクルトは9日に甲子園で行われた阪神戦に1-0で勝利した。先発したドラフト1位ルーキー右腕・吉村貢司郎投手が6回1安打無失点と好投し、石山、清水、田口のリリーフ陣も踏ん張っ…
快投中の“強制降板”にブチ切れ「何で」 後輩の“踏み台”に…屈辱だった同情の賞金|球界群像 鈴木孝政#19
交代指令に大憤慨した。元中日投手の鈴木孝政氏(中日OB会長)は現役時代にそんな経験がある。決定権は指揮官にあるとわかっていながらも、その時ばかりは納得できなかったという。プ…
勝利投手の賞金を超えた罰金 前代未聞の珍プレー…闘将が激怒した“とぼとぼ走り”|球界群像 鈴木孝政#18
1987年シーズンから中日監督にOBの星野仙一氏が就任した。ナインへの「覚悟しとけ!」のメッセージで始まった星野体制は、元中日投手の鈴木孝政氏(中日OB会長)にも思い出深い…
“決めごと”ばかりの生活も「女房を楽に」 神懸かりな1年を支えた妻の献身|球界群像 鈴木孝政#17
名古屋で勝ちまくった。中日OB会長で野球評論家の鈴木孝政氏は、1984年シーズンに16勝をマークしたが、そのうち12勝が本拠地・ナゴヤ球場でのものだった。「最初は勝てなくて…
マスコミが「誰ひとり、信用しない」 思わずポロリも…予想外だった投手の“告白”|球界群像 鈴木孝政#16
プロ野球で怪我や病気、長期間の不調から返り咲いて活躍した選手に授与されるのがカムバック賞だ。元中日投手の鈴木孝政氏(中日OB会長)は1984年に受賞した。28試合に登板して…
屋台で飲み、就寝直前に「明日行くぞ」 連投お構いなし…呆然とした“予期せぬ通告”|球界群像 鈴木孝政#15
1982年、中日はセ・リーグを制覇し、日本シリーズでは広岡達朗監督率いる西武と激突した。その年のシーズン途中から、元中日投手の鈴木孝政氏(中日OB会長)は先発に転向したが、…
悲劇からの変身に中畑清が文句「抜いたなぁ!」 たった88球の完封呼んだ“粘着質”の助言|球界群像 鈴木孝政#14
プロ10年目で“進化”した。「これがピッチングと思ったね」。元中日投手の鈴木孝政氏(中日OB会長)は、本格的な先発転向後の1982年7月1日の巨人戦(ナゴヤ球場)でプロ初完…
“抑え失格”の烙印押された逆転満塁弾 正念場で下された仰天指令「勇気がいったよ」|球界群像 鈴木孝政#13
野球人生のターニングポイントだった。元中日投手の鈴木孝政氏(中日OB会長)にとって大きな試合になったのがプロ10年目、1982年5月23日の大洋戦(宮城)だ。屈辱の逆転サヨ…
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