【小島啓民の目】都市対抗野球が7月開幕 なぜ野茂ら社会人野球出身の好投手が生まれたか

多くの好投手が2001年まで使用されていた金属バットとの対戦の中から生まれた

 前回のコラムで苦しんでいた横浜DeNAベイスターズの話題を書きましたが、12連敗で踏みとどまりました。連敗はしていましたが、貯金を使い果たしただけで、ペナントレースから脱落したわけではないので、今後のベイスターズの活躍に期待をしたいと思います。

 さて、アマチュア野球界の話となりますが、第86回都市対抗野球の各地区予選が終了し、代表32チームが決定しました。6年ぶりに私が選手、監督でお世話になった我が三菱重工長崎も代表権を獲得し、個人的に非常に楽しみにしています。7月18日から東京ドームにて開催されますので、ぜひ足を運んで頂ければと思います。

 社会人野球と言えば、昔は金属バットが代名詞で、点の取り合いが醍醐味となっていました。野茂英雄選手(新日鉄堺―近鉄―ドジャースなど)、与田剛選手(NTT東京ー中日、ロッテなど)、潮崎哲也選手(松下電器ー西武)など、プロ野球界でも代表されるような好投手の多くが、金属バットとの対戦の中から生まれております。

 この金属バットは、1979年(第50回大会)から2001年(第72回大会)まで使用されました。2002年(第73回大会)からは木製バットに変更されましたが、これは金属バットの打球速度がとてつもなく、「危険である」ということで、世界大会レベルでは15歳以下の大会を除いて使用を禁止したためです。

 力のない打者でもホームランを打つことが可能となる金属バットを持った相手に投げるということは、大げさかもしれませんが、アマチュア投手が大リーグの打者相手に投球をしているようなものです。いや、それ以上の脅威だったと思います。

 潮崎さんと少しお話をする機会があったのですが、「社会人時代の方がプロ野球の時よりも投球には気を使いましたよ」と言っていました。このように金属バットを持つ打者を打ち取るためには、いかに金属バットにボールを当てさせないように空振りを取るかを考える必要があった訳です。

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