【高校野球】PL学園の輝かしい歴史に“終止符”…大阪勢力図の変化とは
2校が突出した中でも激戦の構図
そして、05年夏には4番に平田良介(中日)、1年生で5番を打つ中田翔(日本ハム)らを擁してベスト4。このあたりから、素材力で圧倒的な力を示す大阪桐蔭が注目され始めた。翌年は斎藤佑樹の早稲田実業に敗れるが、下馬評は一番だった。
2年後の記念大会となった08年には浅村栄斗(西武)が金沢戦で1試合2本塁打するなどして圧倒的な打力を示して全国制覇。さらに4年後の12年には、藤浪晋太郎(阪神)と森友哉(西武)のバッテリーで春夏連覇を果たす。しかも、1点差試合はセンバツ準々決勝の浦和学院戦のみで、盤石の強さを見せつけた甲子園での10試合だった。
さらには、記憶に新しい14年夏にも準決勝の敦賀気比戦では初回に満塁本塁打などで5点を奪われながらも、2回には追い付き15対9で勝利し、決勝でも三重を下して2年ぶり4度目の優勝を果たす。春夏合わせて5度の全国制覇のうち、4つが08年以降の7年間で達成されているのだから恐れ入る。
こうして見ると、完全に大阪桐蔭時代到来を思わせる大阪の高校野球だが、その間隙を縫うかのように健闘しているのが履正社だ。06年春以降は春6回、夏1回の出場を果たしている。10年夏は山田哲人(ヤクルト)の本塁打で甲子園を沸かせ、11年春はベスト4、14年春には準優勝を果たしており、やはりレベルの高い実力校だということを示している。大阪桐蔭が力と素材力を前面に出しているのに対して、履正社は上手さ、ソツのなさを感じさせるチームカラーとなって対照的だ。現在は大阪での強いライバル関係と言っていいだろう。
また、そのどちらも届かなかったときに、11年夏の東大阪大柏原や15年夏の大阪偕星学園といった新しいチームが悲願を達成している。他にも、大阪産大附や大冠、大阪商大堺に、歴史のある関大北陽や関大一といったところもスキを窺っている。2校が突出した中で、後続も激戦の構図となっている。
(記事提供:高校野球ドットコム)
http://www.hb-nippon.com/column/1504-se/10241-20160207no10se
【了】
手束仁●文