「神様、仏様、稲尾様」の投球術 「3つの球種はすべて同じ握りだった」
キャッチャーへの要求は「真ん中に構えてボールだけ見ていてくれ」
「スライダーで意識する指は人差し指だったそうです。逆に、シュートは中指」。普通に考えれば、スライダーを投げるためには、中指に力を入れたくなる、逆にシュートならば、人差し指に力が入るはず。つまり、意識する指はそれぞれ逆という印象が強い。ただ、稲尾氏は違ったようだ。松井氏は続ける。
「考えてみると、スライダーというのは(中指を意識すれば)力が漏れる。漏れたらスピードが落ちる。稲尾さんのスライダーは、本当は今流行りのカットボールでした。スライダーのように落ちることはなく、曲がって伸びてくる。そういうボールでした」
稲尾氏のスライダーは、実際には直球の球速と大きな落差がないカットボールだったというのだ。逆に、シュートは現在のツーシームとほぼ同じだったという。「今流行のカットボール、ツーシームですが、実際には当時から投げられていたんです」。直球との球速差がそれほどなく、手元で鋭く変化するボールで、打者を翻弄していた。
そして、3つの球種を同じ握りで投げていたことで、稲尾氏にしか出来ない投球術が可能になっていた。松井氏は衝撃的な事実を明かす。
「稲尾さんは、ボールをリリースする直前にバッターを見ていた。すると、バッターの肩の線が見える。当時、日比野(武)さんというキャッチャーが稲尾さんの球を受けていましたが、『日比野さん、真ん中に構えてずっと俺のボールだけ見てくれ』と言われたそうです。それで、稲尾さんがリリース直前にバッターを見て、例えば右打者だったら、肩が(本塁側に)入っているなと思ったらシュートを投げる。逆に肩が引いていたらスライダー。握りは変えていないので、それが可能だったそうです。キャッチャーはほとんどスピードの変化がない3つの球種を捕っていた」