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阪神大震災から24年 西武栗山、社会貢献活動のキッカケとなった24年前の記憶

今から24年前の1995年1月17日、午前5時46分。淡路島北部を震源地とするマグニチュード7.3の大地震が発生した。後に「阪神・淡路大震災」と名付けられるこの大災害は、多くの人の生きざまに大きな影響を与えた。

昨年12月に開催された「栗山巧杯」参加の球児と記念写真【写真提供:埼玉西武ライオンズ】
昨年12月に開催された「栗山巧杯」参加の球児と記念写真【写真提供:埼玉西武ライオンズ】

神戸っ子にとっては印象深い「がんばろうKOBE」の記憶

 今から24年前の1995年1月17日、午前5時46分。淡路島北部を震源地とするマグニチュード7.3の大地震が発生した。後に「阪神・淡路大震災」と名付けられるこの大災害は、多くの人の生きざまに大きな影響を与えた。

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 西武の栗山巧外野手は兵庫県神戸市出身。震災当時、小学5年生だった。「僕が住んでいた地域や小学校は比較的被害は少なかったのですが、全国から鉛筆やノートなどの筆記用具を支援していただきました。オリックス・ブルーウェーブが『がんばろうKOBE』のワードで盛り上がって、野球を通じて兵庫県、神戸が盛り上がったという印象が、子ども心に強く残っています」と当時を思い返す。

 それから月日が経ち、震災を経験した神戸っ子はプロ野球選手となり、今では少年野球大会「栗山巧杯」を主催する。昨年12月2日には、兵庫県立三木総合防災公園野球場で「第8回栗山巧杯」決勝戦が行われ、栗山本人はもちろん、後輩である永江恭平と松本直晃も訪問した。

 栗山は「(阪神・淡路大震災後に)支援していただいた鉛筆ひとつ、ノートひとつから、周りの方々が心配してくださっていることが伝わってきて、うれしかった。そういう気持ちが(さまざまな活動を始めた)きっかけとして根本にあります」と語る。「栗山巧杯」の大会後には、性別・野球経験・障がいの有無に関係なく、子どもたちが一緒に思い出作りができるイベントとして自身が考案した「リアル野球盤」を永江、松本と共に子どもたちと楽しみ、神戸市内の特別支援学校に通う児童を含む26名の子どもたちと交流した。

 昨年に比べて、特別支援学校に通う児童の参加人数が増えたが、子どもたちとの交流でとりわけ心に留めていることはあるかと問うと、「特にありません」という回答が返ってきた。「リアル野球盤は『みんなと一緒にやる』というのがひとつのキーワードなので、極力特別扱いはしないです。みんなで楽しめるルール作りをしていますし、極力ルールに則って通常通りやるということを心がけています」。

 また、昨今叫ばれている子どもたちの野球離れやスポーツ離れについては「サッカーでも野球でも何でもいいから、体を動かしながら先輩・後輩、仲間や友達の輪を広げていくという意味で、何かひとつに参加してもらえればスポーツ選手としてうれしいです」と話す。「リアル野球盤」に関しても「(野球の)普及活動だとは思っていません。野球選手と触れ合える、スポーツをやったことがある子もない子も、みんなと一緒にやれるイベントがあれば楽しいんじゃないかな」という考えで企画したそうだ。

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