なぜMLBはルール改正を検討する? マウンドの高さや本塁までの距離変更も
限界に近づく打者の反応速度、 投手を守るためにもラディカルなルール改正が必要?
当然のことだが、打者はあらかじめ決まったコースに対してスイングするわけではない。ボールの軌道を見定めた上で通過するコースに向かってスイングする。スイングするか見送るかもボールが来る最中に判断しなくてはならない。ボールを見てから脳に信号が届くまでにも時間はかかる。
陸上競技のスタートは、号砲が鳴ってから0.1秒未満に反応したものをすべてフライングと見なすようだ。信号が神経を通って伝達され、それに対して反応した場合、0.1秒未満に始動できないことが判明しているからである。ちなみに世界選手権における男女100mのリアクションタイムの平均は0.15秒を超えている。
投手はマウンドのプレートよりもさらに打者寄りでリリースを行う。そのため本塁から18.44m離れたマウンドから投球モーションを開始すると、リリースポイントから打者のミートポイントまでの距離は16m程度になるだろう。170キロの投球の場合、ボールは0.339秒で打者のミートポイントを通過してしまう。この時間までに打者はミートポイントまでバットをスイングしていなければならない。
さきほど紹介した陸上のリアクションタイム0.15秒を参考にすれば、コースを見定めて打撃に必要なだけバットを加速するまでに残された時間は、目いっぱい長く見て0.19秒弱。実際はこれより短いだろう。今後この時間がさらに短縮された場合、打撃動作を行うのに最低限必要な時間が残るかは甚だ心もとない。打者の反応がまったく間に合わなくなってしまえば、競技として破綻してしまう。あと数年レベルでは実現しないだろうが、現在の規格を維持する限りいつの日かカタストロフィーを迎えることは理解していただけると思う。MLBがルール改正に取り組む裏にはこうした現実があるのだ。
さらに、マウンドから本塁への距離が検討の俎上に上がるのならば、いずれ塁間の延長も検討されることになるはずだ。現代の選手の身体能力や身体サイズ向上に合わせての変更であれば話が塁間距離にも及ぶのは当然のことである。
ルールに定まった競技規格は単に、競技を最も適切に運営されるために規定されたものである。確かに野球は長いこと塁間を90フィート(27.431m)にして行ってきたが、その距離に神聖な価値があるわけではない。万古不変のものではないし、聖域化されるべきものでもない。物理法則のように将来にわたって変わり得ないものでもない。ゲームとしてより興味深く運営できること。選手の側にとっても今までより扱いやすい規格であること。プレーがより興味深いものになること。ファンに受け入れられるものであること。こういった条件を満たすために、必要があればルール改正には躊躇なく取り組むべきである。
最後に今回のルール改正が、昨今の投手保護が叫ばれる趨勢に反するものではないかという意見は当然あるだろう。この件については別途、対処のための方法を検討するべきだと考える。投手を守るための方策はまだまだ残されているが、実際に効果のありそうなアイデアが報道されているようには見えない。本当に投手を守りたいと考えるなら、上記ルール改正と同じ程度にはラディカルな対応が必要ではないだろうか。
(DELTA・道作)
DELTA http://deltagraphs.co.jp/
2011年設立。セイバーメトリクスを用いた分析を得意とするアナリストによる組織。書籍『プロ野球を統計学と客観分析で考える デルタ・ベースボール・リポート1~3』(水曜社刊)、電子書籍『セイバーメトリクス・マガジン1・2』(DELTA刊)、メールマガジン『1.02 Weekly Report』などを通じ野球界への提言を行っている。集計・算出した守備指標UZRや総合評価指標WARなどのスタッツ、アナリストによる分析記事を公開する『1.02 Essence of Baseball』(https://1point02.jp/)も運営する。