野球少年に大人気、野球YouTuber・トクサンとは? 力不足と悔しさ知った高校時代 インタビュー【前編】

「僕が補欠でよかったと思えるのは、上には上がいるということをすぐに理解できたこと」

 学年が上がるたびにレギュラーの遊撃手に手が届きそうだったが、実力者揃いの帝京メンバーの中で定位置を奪うことはできなかった。それでも3年夏はベンチ入りメンバーとして東東京大会を制して、甲子園出場した。ベスト4まで進出した。今では技術本を出すほど、技術を追求しているトクサンだが、当時の自分に教えられるならば、どんなことを伝えたいか。

「当時の“土俵”に僕を重ねるなら、帝京は遠くに飛ばす選手が求められ、大振りになっていた気がしました。バットも目一杯、長く持つのではなく、一握り、二握り余して、三遊間をシャープに間を抜くバッティングを心掛けていれば、とは思いますね。あと、僕はおっちょこちょいな自分もあったので、一個一個を丁寧にプレーしなさい、個性を伸ばしなさい、とあの時の自分に伝えられるなら伝えたいですね」

 帝京という強豪で、全国レベルの野球を知れた。上下関係、厳しさも学んだ。この後、トクサンはプロを目指していくのだが、この経験がベースになったという。

「僕が補欠でよかったと思えるのは、上には上がいるということをすぐに理解できたこと。まだまだ上がいるから、自分の限界値を作らせてもらえなかったというか、限界値が見えないところにいられたことがすごくよかったです」

 自分の野球のレベルはまだまだ――。補欠という立場が試合に出場したいという渇望となった。創価大学に進み、野球を続けることを決めた。

 試合では楽天の青山(八戸大)や同学年のパドレス・牧田(平成国際大)らと対戦。2年生からレギュラー。4年では主将となり、秋にはリーグ戦で首位打者、盗塁王にもなった。

「(打撃の覚醒は)異例だと思うんですけど、バントのコツをつかんだ時に覚醒しました。小柄、守備も売りだったので、そんな選手がバントができないといけないと思いました。下手だったのでイチから練習して、狙ったところに転がせるようになってから、しっかりととらえられるようになって、めちゃくちゃ打撃が良くなりました。それまで漠然と打っていました」

 ボールをとらえるタイミング、膝の使い方が打撃に生きた。試合に出られればスカウトが見てくれるという一心で野球に打ち込んだ。

 スカウトが注目する選手にもなり、ドラフト直前では指名候補選手に名前が挙がっていた。しかし、現実は指名漏れだった。

「野球はやれると思ったらどこまでも続けていってほしい」

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