野球大国ベネズエラに異変… 政治的混乱が球界に与える影響 元記者が伝える現状とは
ベネズエラ人選手が他国のウインターリーグでプレー、各所でその余波も発生
野球選手は高収入であるため、ウインターリーグで帰国した際にベネズエラで犯罪に巻き込まれることも多い。今季メキシカンリーグでプレーしたベネズエラ人のオマール・ベンコモ投手は2014年、地方都市のスーパーマーケットでATMから預金を引き出した直後に銃で腹部を3発撃たれた。金目当ての犯行だった。銃弾2発は腹の中心部から側部へと貫通。残りの1発は今も体内に残ったままで、それが原因で試合中に腹痛を起こして降板したこともあるという。
昨年2月にはパイレーツのエリアス・ディアス捕手の母がベネズエラで誘拐される事件が起きた。身代金目的の犯行だった。そして同12月には、ベネズエラのウインターリーグ参加選手が遠征地から本拠地まで車で移動中に、高速道路に置かれていた岩を避けきれずに衝突。乗車していた元エンゼルスのルイス・バルブエナ内野手、元横浜、ロッテのホセ・カスティーヨ内野手が死亡した。犯人らは強盗目的で高速道路に岩を置いていたという。車を運転していたのは、元ヤクルトで今季メキシカンリーグでプレーしたカルロス・リベロ内野手の代理人だったが、代理人とリベロは無事だった。当時、重体と報じられていたリベロだが、実際には軽傷で数日間入院しただけだったという。「あの事故を忘れることはできない。母国の状況が早く改善されることを願っている」という心からの言葉が、ベネズエラの現状を物語っている。
母国ベネズエラのウインターリーグでプレー経験豊富な、元DeNAのギジェルモ・モスコーソ投手はリーグの実情をこう明かす。
「敵地への移動はチームバスだし、護衛もつく。食事も1日3食、ホテルで出る。個人でホテルの外に出て街を出歩かない限りは危険な目に遭うことはない。ただ、ホテルの外では身の安全は保証できない。といっても、もう物がないから、街に出たところで何も買えないし、人もあまりいないのが現実だよ」
選手たちは危険を回避するために、ホテルに缶詰状態なのだという。
そして、こうした状況にさらに追い打ちをかける発表が8月下旬に行われた。MLB機構は、マイナーも含めたMLB所属選手に対してベネズエラのウインターリーグへの参加を禁止すると決めたのだ。米トランプ政権は今年1月からベネズエラ政府に対し、米国内の資産凍結や商取引を禁じる経済制裁を科している。もちろんベネズエラ国営石油会社PDVSAも対象となるため、事実上、PDVSAからの資金で運営されている同リーグに、MLB傘下の選手は派遣できないという考えだ。つまり今季、ベネズエラのウインターリーグでプレーできるのは、MLB球団からFAとなった無所属の選手や、独立リーグの選手、米国以外の海外でプレーしている選手のみとなった。国内にも夏季にボリバルリーグというプロリーグが存在するが選手のレベルは低く、今回のMLBの発表により、ベネズエラのウインターリーグのレベル低下を危惧する声が挙がっている。
一方、ベネズエラ人選手を抱える代理人は、こぞってメキシコ、ドミニカ共和国、プエルトリコで開催されるウインターリーグの各チームに選手の売り込みを開始した。チームにとっては、ベネズエラ人選手を安く獲得できる格好のチャンス。その裏では、他国出身の選手が契約を保留にされるなど、“とばっちり”とも言える状況が生まれている。
ベネズエラのウインターリーグは7月、今季は開幕を例年よりも遅い11月5日とし、レギュラーシーズンの試合数を各チーム63試合から42試合に減らすと発表。だがその後、政府から開幕を10月に早めるよう、事実上命じられた。これを受け、9月上旬にはリーグのトップ2人が交代。準備期間が必要として、開幕は当初の予定通り11月5日とすることを発表するなど、リーグ内にも混乱が伺える。
こうしたベネズエラの情勢に振り回され、中南米の野球界全体を巡る状況が目まぐるしく変化している昨今。ベネズエラの政情を見る限り、野球界への余波はまだしばらく続きそうだが、1945年創設という長い歴史を誇るベネズエラのウインターリーグの行く末は、いったいどうなってしまうのだろうか。
福岡吉央(ふくおか・よしてる)
元スポーツ紙記者。2018年冬はコロンビアのウインターリーグ、トロス・デ・シンセレホ、2019年夏はメキシカンリーグのブラボス・デ・レオンで日本人選手の通訳を務めた。中南米は計20か国を取材などで訪問したことがある。ベネズエラを最後に訪れたのは2016年。
(福岡吉央 / Yoshiteru Fukuoka)