元鷹ファルケンボーグ氏が語る“今”と福岡の魅力 「本当に特別な場所」

「日本でのキャリアをスタートさせるうえで、福岡以外に良い場所なんて想像できない」

――長く過ごされた福岡でのエピソードはありますか?
「私も妻も福岡が大好きです。大都市ですが、魅力のあるスポットが各所に散らばっていて、海の近くをジョギングしたり、私の住んでいたところから福岡ドームまで歩いて行けましたし、ビーチや、スーパーマーケットにも歩いて行けたので、なんでも揃っているという感じでしたね。

 覚えているのは、あるデーゲームの試合後にビーチのそばにあるレストランへ行ったんです。そこで他の外国人と子どもたちや妻が一緒に遊んでいたのですが、私は1人で外でリラックスしていました。一番下の娘は福岡で生まれたのですが、ふと日本でのキャリアをスタートさせるうえで、福岡以外に良い場所なんて想像できないなと思ったんです。福岡の人々やコーチ、そしてチームメイトたちは私だけでなく、家族も受け入れてくれ、居心地を良くしてくれたのです。

 日本が大好きですが、私にとっては家族が全てで、家族の幸せは私の幸せなんです。家族みんな福岡が好きですし、いつかまた福岡へ行けたらいいなと思っています。一番上の子は福岡での思い出がたくさんありますし、思い出の場所にもう一度連れて行ってあげたいなと思います。短期間でしたが、子どもたちは学校にも通っていましたし、一番下の娘が生まれた病院もあります。家族でよく過ごしていた場所にもまた行きたいですし、それにホークスの試合も観に行きたいですね。福岡は私の心の中にもとても大事な場所として残っています。私のキャリアを振り返った時に、アメリカでプレーをしていたことはあっても、福岡でキャリアの多くを過ごしました。現役時代はどこよりも長く福岡で過ごしていたんです。本当に特別な場所ですね」

――日本のファンへのメッセージを。
「今の状況は世界中で影響が出ていると思います。隔離生活を強いられていますし、ここアリゾナでも制限が多々あります。子どもたちの学校も休校になっていてオンラインでの授業ですし、さまざまな障害があります。でも、一刻も早く日常に戻れるようにと思っています。

 なんだか春が来ていないような感じがするのは、野球がやっていないからでしょうか。毎年、春になれば野球が始まって、夏を通してそこに野球がありました。今はそれがありません。本当に寂しい限りです。日本でも野球を待ち望んでいる人が大勢いると思います。一刻も早く日常を取り戻すために、責任を持った行動が重要だとも感じています。

 私が日本にいたときに見た、震災や津波の被害の中でも日本の人たちがお互い助け合う姿を覚えています。あの年はプロ野球の開幕も1か月ほど遅れ、電力削減のためにナイターがなかったりしましたが、我々は共に乗り越えました。その年(2011年)にはホークスが日本シリーズを制しましたよね。私も日本でその逆境に直面しましたし、その際に日本の人々が野球を心待ちにしていたのも覚えています。

 私と同時期にプレーしていた選手たちは、もうベテランになっていますね。まだチームの主力の選手もいるかも知れません。試合のスタッツを見ても、選手がわからなくなってきていますが……。でも、日本の方々が野球に対してどれだけ強い想いを持っているかを知っていますし、日本でもアメリカでも多くの人が野球の歓喜が戻ってくることを願っています。

日本にいるファンの方々へあらためて感謝を伝えたいですし、野球もそして日本のことも恋しく感じています。この困難はきっと乗り越えられると思いますし、一緒に乗り越えられていければと思います」

(取材協力:日本プロ野球外国人選手OB会)
(インタビュー:高木隆)

(「パ・リーグ インサイト」海老原悠)

(記事提供:パ・リーグ インサイト

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