勝利球を観客席に放り投げられた“悲劇” 元阪急右腕が思い出す「助っ人アニマル」

札幌新陽高校の教え子からもらった記念品を手に笑顔を見せる石井宏氏【写真:石川加奈子】
札幌新陽高校の教え子からもらった記念品を手に笑顔を見せる石井宏氏【写真:石川加奈子】

1985年のドラフト1位で阪急に入団した石井宏氏「プロのものは何もない」

 プロ野球選手にとって、初勝利や初本塁打のボールは大事な記念品。よくヒーローインタビューで「両親にプレゼントします」と初々しく答える光景は、見ていても微笑ましい。そんな大切な初勝利のボールを手にできなかった投手がいる。1985年のドラフト1位で阪急に入団した石井宏氏だ。

 プロ入り2度目の先発となった1986年6月8日の日本ハム戦(後楽園)は、あわや降雨ノーゲームになるところだった。リードして迎えた5回2死後、雨が激しくなって中断。勝利投手の権利目前だったルーキー右腕の祈りが通じたのか、奇跡的に天候が回復して40分後に試合再開。土ではなく、人工芝の球場だったことも幸いした。7回途中まで投げて降板し、無事にチームも勝った。

「雨でダメかと思ったので、勝ち投手になったのは本当にラッキーでした」と石井氏は振り返る。だが、幸せな気持ちは一瞬で吹き飛んだ。試合終了の瞬間、マウンドに立っていた抑えのアニマル投手が、記念のボールを観客席に投げ入れてしまったからだ。「当然アニマルがボールを持って来ると期待して待っていたんです。でも、本人が興奮して、ウォーって叫んで放ってしまった。僕の勝ちボールはなくなってしまったんです」と苦笑いする。

 翌年も同じことが繰り返された。2勝目のボールも、アニマル投手がベンチに持ち帰ることはなかった。「2勝目の時は球場外まで放りました」。呆気にとられた石井氏は、そのボールの軌道まではっきりと覚えている。

 右肩の故障に悩み、4年間でプロ生活を終えた石井氏が挙げた勝ち星はこの2勝だけ。だからプロ野球選手としての記念ボールはひとつも手元に残っていない。「大学(日大)の時にホームランを打ったボールと(昨季まで監督を務めていた女子野球の)札幌新陽高校のベスト8のボールはあるんですけどね。プロのものは何もないんですよ」。一瞬だけ寂しそうな表情を見せた後、とっておきの自虐ネタを打ち明けたかのように笑い飛ばした。

 アニマル投手は、2013年に54歳の若さで亡くなった。「外見はあんな感じで吠えていましたが、本当は気が弱かったんだと思いますよ。接戦の時はなかなかブルペンに来ないんです。大勝ちしている時は、オラオラって感じで5回くらいからブルペンに来るんですけどね」と名物助っ人との思い出を懐かしそうに振り返った石井氏。現在は北海道の女子硬式野球クラブチーム、ホーネッツ・レディースのGMとして、女子野球の普及振興に力を注いでいる。

(石川加奈子 / Kanako Ishikawa)

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