アマ球界からメジャー指導者に…高まる“門戸開放”の波 「深い懐」の根底にあるもの【マイ・メジャー・ノート】第11回
米国は、過ちや修正の可能性が常に残される許容社会
一民間人のアイデアでも理に適っていれば大国の軍を教導できるという事実が「懐の深み」を照らす。そこには、専門家が「可謬(かびゅう)社会」と定義する、柔軟性に富んだ考え方「プラグマティズム」の観念が根付くアメリカ社会が映る。別言すれば、過ちや修正の可能性が常に残される許容社会である。当地で暮らす実感から、先入感や既存の価値観を解きほぐす感性を涵養する土壌が確かにある。
一方で日本の社会は、同調圧力を常に感じ、新たな空気の入れ替えには及び腰になる「無可謬社会」と表され、感情を抜きにした戦略的な行動が取りにくいとされる。
思索の果てに、僕はこんなことを思った――。
(木崎英夫 / Hideo Kizaki)