素人の壁当てに驚愕「こんな速い球見たことない」 偶然が生んだNPB初の“両投げ投手”|球界群像 近田豊年#2

ダイエー時代の近田豊年氏【写真:本人提供】ダイエー時代の近田豊年氏【写真:本人提供】

近田豊年氏は明徳に特待生で入学…壁当てで見せた剛球が評価された

 高知の明徳義塾といえば、高校野球の名門だ。甲子園には春20回、夏は優勝1回を含む22回の出場を誇る。プロ野球選手も多数輩出。かつてスイッチピッチャーとして話題になった近田豊年氏もその一人で、1983年の選抜大会ではリリーフとしてマウンドに上がった実績も持つ。ただし、試合では左投げオンリー。高校卒業後に進んだ社会人野球の「本田技研鈴鹿」でも同様だったが、右投げを諦めてはいなかった。

 近田氏は中学まで野球の実戦経験がなかった。幼い頃から野球は軟球の壁当てと太平洋への石投げ。その“練習”の繰り返しで、右でも左でも違和感なく投げられるようにもなったが、実力は未知数だったはずだ。にもかかわらず、野球に力を入れていた明徳義塾(当時は明徳)に入学できたのは、偶然、壁当て投球が評価されたからだった。「中3の時に四国の教員たちが、研修で僕の学校を見学に来た。その中の一人に四国の中学野球連盟の会長さんがいたらしいんです」。

 昼休みにいつものように壁に向かって、その時は左で投げていたら注目を集めた。「左投げで、こんなに速い球を見たことがないって、明徳を紹介してくれた。明徳の練習に参加することになったんです」。“太平洋投球”で鍛えられた肩は無茶苦茶強かったし、自然の中を走り回って、足も速かった。その力を発揮した。投げるのは左で勝負。結果、「特待生で入ることになったんです」。中学までの“ひとり野球”を卒業し、初めて野球をチームでやることになったのだ。

 ポジションはピッチャー。左投げが中心だったが、コントロールが異常に悪かった。「とにかくストライクが入らなかった。最初は打撃ゲージにも入るかどうかくらいでしたから。太平洋とはストライクゾーンが違いすぎましたね」と、近田氏は当時を思い出し苦笑する。「右はバント練習とかでアンダースローで投げてましたが、試合に右で投げるのは頭の中になかったですね。1個もできないのに、2個もやるな、みたいな感じでしたし……」。

現在は「駅前ゴルフスクール」校長を務めている近田豊年氏【写真:山口真司】現在は「駅前ゴルフスクール」校長を務めている近田豊年氏【写真:山口真司】

社会人野球で素質開花…ドラフトに掛からずも南海にテスト入団

 明徳では控え投手で終わった。選抜大会のマウンドもリリーフで1イニングを無失点に切り抜けただけ。でも野球を諦めることなく、社会人野球へ。本田技研鈴鹿に入社した。ここで成長したという。「高校の時は球が速い、足が速いの基礎的なものがあっただけで、野球を他の子よりも知らなかった。それが社会人になって、なんとなく守備だとか、いろんな知識がついてきたんです」。

 左肘を手術したり腰を痛めたり、社会人時代は怪我もあったが、4年目になって結果も出始めた。プロもヤクルトのスカウトが見に来るようになった。社会人でも左投げが中心。「右はキャッチボールで投げたり、練習が終わってから投げたりする程度でした。すっかり、左1本でって感じになってました」。1987年ドラフト会議ではヤクルトに下位指名されると思っていた。だが、名前が呼ばれることはなかった。

 失意の中、ヤクルトのスカウトに紹介されて南海の入団テストを受けることに。左で投げ終わった後、杉浦忠監督に「右でも投げられます」とアピールしてアンダースローを披露。人生が変わった。大して練習していなかった右投げが脚光を浴び、スイッチピッチャーとしてのプロ入りだった。右でも左でも使える6本指のグラブもできあがった。しかし……。1年目の広島・呉キャンプ。右投げについて、杉浦監督からある“指令”を出された。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

球界群像〜近田豊年編〜

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