「無駄にはしない」 母も心配したマイナー落ちの屈辱…ヌートバーが覚悟を決めた日
ヌートバー連載第3回…「ロンドンシリーズ」でも懸命プレー
野球日本代表「侍ジャパン」に日系選手として初めて招集され、3大会ぶりの世界一に貢献したカージナルスのラーズ・ヌートバー外野手。5月末の怪我から復帰し、先日の「ロンドンシリーズ」では2試合連続安打の活躍を見せた。Full-Countでは、MLB公式サイトのカージナルス番ジョン・デントン記者の取材をもとに、等身大のヌートバーを粗挽きする月2回の連載「ペッパー通信」をお届けしている。第3回は夢の正体について。【取材:ジョン・デントン、構成:木崎英夫】
カージナルスのラーズ・ヌートバーが心待ちにしていたシカゴ・カブスとの「ロンドンシリーズ2023」が6月24日、25日に行われ、2日間で11万人を超える観衆を集めた。カージナルスは第2戦を7-5で勝利し、同シリーズを1勝1敗で終了。2試合連続安打を放ったヌートバーは欧州での初体験をこう振り返った。
「ここでは野球が超マイナースポーツであることをみんながわかっていたから、こんなに多くの人々が見に来てくれたのには驚いた。彼らを熱くすることができたのだから、野球という競技にとって喜ばしいことになったと思う。普及拡大へ微力ながら貢献できて本当によかった」
同シリーズは、MLBが野球に馴染みのない欧州での普及を目指し、2019年に始まった。今回はそれ以来4年ぶり2度目の開催。大会の意義を受け止めたヌートバーは、懸命なプレーでファンにアピールした。今春の第5回WBC日本代表でファンから受けた重低音の“ヌーイング”が、ここでもこだました。
ヌートバーはその響きの中に、曇りのない目で試合を見つめるロンドンっ子たちの無垢な声があるのを知っていた。異国での短い戦いがこの上ない充実感をもたらしたのは、かつて自宅の裏庭で育んだ野球への思いと彼らの声とが一本の線で結ばれたこととも関係している。
「見に来た子どもたちがグラブとバットを買って、庭でプレーしたいと思ってくれたらうれしい」
マイナー降格直後の試合で大暴れし後半戦を突っ走る
5月29日(日本時間30日)のロイヤルズ戦で、ヌートバーは3回の守備で腰の痛みを訴え途中交代した。前の回に大飛球を好捕した際にフェンスに激突したのが原因だった。その後も患部のけいれんと鈍痛が治まらず、6月3日(同4日)に10日間の負傷者リスト(IL)入り。そして順調だった調整を傘下マイナー3Aでの実戦で仕上げ、6月19日にメジャーに復帰した。
「3Aレッドバーズでの1試合目はDHで出て無安打。でも、翌日の試合ではホームラン2本を打った。その日は4安打。もうこれでメジャーに戻るための準備はすべて整ったって思った」
わずか2試合。それでも「すべての準備」と言い切ったのには理由があった。
「去年、開幕からメジャー入りすることができたけれど、ライバルたちの状態によってマイナーに3回も落とされた。ちょうど1年前になるかなぁ、ディラン・カールソンが怪我から復帰して2度目のマイナー行きを通告された時、僕は覚悟を決めた。『周囲を納得させる結果を残して、ここで生き残る』ってね。だから、与えられるどんな機会も無駄にはしないという気持ちは、絶対にブレない」
覚悟を決めた日――。
昨年6月11日だった。マイナー降格後の最初の試合で、初回にソロ、3回に2ラン、4回にはグランドスラムの3発で大暴れした。もはやヌートバーの将来性に懐疑の目を向ける者はいなくなった。6月終わりに再び昇格を果たしたヌートバーは、出場機会が増えた7月半ば過ぎから突っ走り、得点への貢献度を計る指標「OPS(=出塁率+長打率)」.846を後半戦で残している。
確聞するところによると、ヌートバーの母・久美子さんがマイナー落ちする息子に「もうダメなんだろうなと思うこともあったのでは……」と親心をのぞかせたようだが、ラーズは強かった。
サッカーの名アタッカーとユニホーム交換
試合は、ロンドン五輪のメイン会場でプレミアリーグのウエストハム・ユナイテッドが本拠地とする「ロンドン・スタジアム」で行われたが、元イングランド代表で今は同チームのコーチを務めるカールトン・コールの姿があった。
「WBCでもそうだったけど、国際大会では異文化の中で育ったアスリートから学べることが必ず見つかる。それに、こうやって違う競技の、それもその世界で超ハイレベルクラスの人との遭遇もあったりする。知見の幅を広げられるね。僕はいつもそういう目で出会いの瞬間を捉えているんだ」
かつての名アタッカーと直筆サイン入りのユニホームを交換したヌートバーは、記念撮影後にこう言った。
「すべての巡り合わせは偶然じゃない。その時にうろたえないように、必然と思えるように準備をして待つんだ」
裏庭の夏草の匂いをヌートバーが忘れることはない。
(「MLB公式サイト」ジョン・デントン / John Denton)