世界一の裏にあったダルビッシュの“頭脳” 分析のプロが決戦前に見た最高峰の論理

侍ジャパンの一員として世界一に貢献したダルビッシュ有【写真:荒川祐史】
侍ジャパンの一員として世界一に貢献したダルビッシュ有【写真:荒川祐史】

侍Jに帯同したアナリスト3人がWBCを振り返った

 3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で優勝した野球日本代表「侍ジャパン」。日本列島を熱狂の渦に包んだが、歓喜の輪には加わらず三塁側スタンドから見守っていた“チーム侍ジャパン”がいた。侍ジャパンの“頭脳”である3人のデータアナリストだ。

 野球は、選手個人の鍛錬の賜物であると同時に高度な情報戦でもある。大切なのは情報の生かし方。データの意味を咀嚼、言語化し、チームに適切なアドバイスを送るのが「データスタジアム株式会社」のアナリストチームだ。山田隼哉さん、佐藤優太さん、河野岳志さんは普段、球団から依頼されたデータ分析やレポートを制作、メディアに向けて寄稿やデータを提供している。特にスコアラーやアナリストらと関わることが多く、球団が持つデータと独自に収集したデータを組み合わせ、“意味のある形”にして戻すのがメインの仕事だ。

 そんなデータ分析のプロ集団の、さらなる精鋭部隊がトップチームに加わるようになったのは北京五輪予選(2007年)から。担当者は代々引き継がれ、山田さんは2014年、佐藤さんは2021年、河野さんは2022年から一員となっている。山田さんは「選手選考のための資料作成から始動し、海外リーグのデータや映像を集め、チームが活用できるレポートの状態に仕上げて提供します。昔は分析するための素材を整理して提供するまでが主な任務でしたが、近年の大会では分析して現場に落とし込むところまで範囲を拡大して担うようになりました」と説明する。

 過去の国際大会では2人の派遣だったが、今回は3人が代表合宿から帯同した。山田さんと河野さんが野手担当。山田さんは同時にNPBとの調整や全体のタスク管理、試合前の野手ミーティングで相手投手の特徴をプレゼン形式で伝える役割を担った。佐藤さんはバッテリーを担当した。

 実力差は予想できるとはいえ、初対戦のチームはやはり不気味だった。東京プールでは、対戦実績やプロリーグの情報がなくデータが極端に少ないチームもあった。映像など何もない場合は、ある程度割り切って選手に任せていたという。「何もないと選手は不安になると思うので、わかる範囲でのデータは提供するようにしていました。どれくらいのレベルなのかということを首脳陣の方々も気にされていたと思うので、限られた素材の中から言えることは言うようにしていました」と山田さんは振り返る。

 MLBやKBO、NPBに所属する相手選手の場合は、過去のデータを見ながら直近の傾向も大事にする。また、実際に対戦した感触や自らが保有する“生”のデータをMLB組の選手らは持っていた。パドレスのダルビッシュ投手らMLBの選手がデータを駆使する様子に、時に3人はプレッシャーを感じたという。「韓国戦前のバッテリーミーティングにダルビッシュ投手が同席されたことがあって、タブレットでデータを見ながら対戦選手の話をされていましたが、ちょっとレベルが違うなと感じました。データに対するリテラシーや、活用の仕方、どこを調べればどういったデータが出せるといったことが、習慣から身に付いているんだろうなと思いました」と佐藤さんは語る。

侍ジャパンのデータアナリストを務めたデータスタジアム株式会社の佐藤優太さん、河野岳志さん、山田隼哉さん(左から)【提供:パ・リーグインサイト】
侍ジャパンのデータアナリストを務めたデータスタジアム株式会社の佐藤優太さん、河野岳志さん、山田隼哉さん(左から)【提供:パ・リーグインサイト】

3人に共通していた情報の伝え方「直感的に選手たちが理解できること」

 佐藤さんはさらに「それを見た時に、選手から何か聞かれてもちゃんと答えられる準備をしていかないとなと思いました」とも。山田さんは「我々アナリストも、選手たちに育てられているというか、成長を促される存在なので、選手のリテラシーが上がるということは、我々はもっと上をいかなければならないというプレッシャーはあります」と述べた。

 舞台をマイアミに移した準決勝からは、慣れない環境との戦いもありつつ、今度は膨大にあるデータをどう処理するかの作業に追われた。「例えば去年のデータをまるごと使うのか、後半だけ使うのか、今大会の数試合だけを使うのかということが選択肢としてありました。ピッチャーのデータで感じていることとして、シーズン中の球種の割合はそんなに当てにならないと思っています。国際大会になれば場面の重要度もキャッチャーも変わります。あくまで去年のシーズンの傾向としてはこうであるけれども、絶対解ではないということは工夫して伝えたつもりです」と山田さんは振り返る。

 情報の伝え方には気を遣ったが、3人に共通していたのは「直感的に選手たちが理解できること」。山田さんは「おそらくそれを気にしていないアナリストはいないと思います。いろいろな可能性を言い出すと選手も迷ってしまうので、敢えて言わないようにしたりしました」と語る。佐藤さんは「どうしても簡素なデータになってしまいがちですが、データの正しさとわかりやすさを両立させることは、今回に限らず普段から気にしています」と話す。河野さんは「海外の投手は日本と比べてクイックをあまりしないので、クイックをするピッチャーかどうかを一目見てわかるように気を付けていました」と述べている。

 あの熱狂から数か月。大舞台を経て、今は何を思うのか。「ダルビッシュ投手をはじめとしたトップ選手だけがデータを活用するのではなく、アマチュアの選手も同じようにデータ活用ができるように、今後の自分の仕事を頑張っていきたいと思いました」と河野さんは力を込める。

「次回の大会も金メダルを狙いにいかなければならないので、ハードルがすごく上がったなと思います。今回はダルビッシュ投手らがどうデータを活用しているかや、一緒に帯同していたMLBのアナリストからメジャーリーグでどういうアプリを使って、どういうデータを見て、どう選手を支えているかを知れたので、伝え方や分析手法などの知見の幅が広がった実感があります」と佐藤さんは手応えを口にする。

「どれだけ貢献できたんだろうということに対するモヤモヤした気持ちもあります。あの場面ではこういうことができたんじゃないかとか、あの情報はこういうふうに伝えたほうがよかったんじゃないかとか。選手たちもレベルアップしていくので、我々も置いて行かれないようにパワーアップし続けなければいけないということを感じました。今後は現場の最前線に立つよりも佐藤、河野に続く次世代のアナリストを育てないといけないと思っています」と山田さんは次を見据えた。

(「パ・リーグ インサイト」海老原悠)

(記事提供:パ・リーグ インサイト

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