“勉強漬け”の冬を越え…大躍進の春 文武両道の伝統校が夏に示す「流儀」

34年ぶり甲子園出場を目指す市立川越高【写真:河野正】
34年ぶり甲子園出場を目指す市立川越高【写真:河野正】

1989年夏以来の甲子園を目指す…埼玉春4強の市立川越

「夏の甲子園」埼玉代表は、記念大会を除いて1995年の越谷西を最後に公立校の出場はない。“私立寡占”の中、かつて埼玉の高校野球をリードした公立校の復権はあるのか。今春の県大会で4強入りした市立川越高校にスポットを当てる。

 市立川越は、2002年に川越商業から学校名を変更。野球部は1930年に創部された伝統校で、OBには巨人や中日でプレーした仁村薫、西武に在籍した小沢誠らがいる。1989年夏の選手権に岡崎淳二を擁して初出場。夏の県予選で2年続けて完全試合を成し遂げ、秋季大会でもノーヒットノーランを達成した左の大エースだった。

 前監督で現コーチの新井清司は、2006年4月から2021年7月まで指揮を執り、2008年の春季大会を制して関東大会では8強に進んだ。秋季大会は2013、2017年にいずれも花咲徳栄に次ぐ準優勝。関東大会はともに1回戦で敗れたが、2017年は参加15校中、唯一の公立校として出場している。夏は2014年の決勝で春日部共栄に屈し、惜しくも25大会ぶりの甲子園出場を逃した。

「本当は2020年の夏で辞めるつもりだったんだけど、コロナで大会が中止になったもんでね。もう1回だけ夏を戦いたかったんだ。信頼できる室井さんが来たので引き継いでもらったが、彼は野球をよく知っているし、いい指導をする。選手とのコミュニケーションも欠かさないですよ」

 銚子商業出身の室井宏冶現監督は、羽生実業で7年、鷲宮で9年監督を務め、2019年の人事異動で市立川越に赴任。新井の下で参謀役を2年3か月こなし、2021年7月から伝統校の指揮を執っている。昨年は春が4強で夏はベスト16。秋は初戦敗退だったものの、今春は再び準決勝進出を果たした。

勉強と両立できる生徒は「野球も伸びる」

 室井は伝統校を率いることについて「地元の期待と大勢の関係者を思えば重圧はある」と切り出し、「ただうちは公立校らしいチームづくりをモットーにし、正統派の野球をやりながら勝ち抜く方策を練っています。剛腕もスラッガーもいないので、チームの総合力に懸かってくるんです」と指導哲学を語る。

 球児はひと冬越すと成長すると言うが、昨秋の初戦敗退から今春は4強。よほど実のある厳しい修練を積んだのかと思ったが、商業科の選手が多い知られざる苦労があった。

 1月は簿記や情報処理、商業経済など上級資格取得に向けた検定が3週続き、勉強漬けの毎日で練習はしていない。さらに学年末考査が2月半ばにあり、1月から2月中旬までグラウンドは静まり返っていた。

 中堅手で切り込み隊長の南創太に市立川越に入った動機を尋ねると、「真剣に野球に打ち込んで甲子園を狙い、なおかつ勉強もしっかりやりたかったので、両立できるこの学校を選びました」と即答。入試の倍率は1.5~1.6倍だ。室井は「両方しっかりやれる子が野球でも伸びる」と誇らしそうに選手を見つめた。

卒業時に「いい出口」を提供するのが指導者の務め

 才能豊かな中学3年生は、既に進路が大筋で内定している選手もいる。さらに2年生の獲得に動き出す強豪私学も多い。かたや市立川越はこれから中学3年生の体験会を実施し、選んでくれた生徒に受験勉強を頑張ってもらうしかない。

 好投手と強打者をごっそり抱えることが甲子園への近道。だが、もはや私学全盛の埼玉にあって公立校にできる芸当ではない。

 室井は選手育成と並行し、頂点まで駆け上がる方法を熟考する。それがこの人の流儀だ。「うちでやりたいという中学生に入部してもらい、3年間しっかり育てたい。そうして卒業する時にいい出口(進路先)を提供するのが、指導者の務めだと思う。私学との実力差は開く一方ですが、預かった生徒と向き合ってじっくり育てるのが公立校らしいじゃないですか」

 主将の鈴木善に言わせると、室井は選手に近い監督だ。「厳しいところは厳しいけど、先生にもジョークを言ったりします。メリハリをつけて接してくれるんです」と評した。(文中敬称略)

(河野正 / Tadashi Kawano)

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