癖直さず痛恨エラー…あえて「お前で負けた」 挫折経験を素通りさせない“見守り”

トークイベントで登壇した野球講演家の年中夢球氏【写真:高橋幸司】
トークイベントで登壇した野球講演家の年中夢球氏【写真:高橋幸司】

高校野球に必要とされる“心の強さ”育むには? 年中夢球氏は「普段の生活が本当に大事」

 学童野球や硬式クラブチームでの20年にわたる指導、また自身も野球少年を育ててきた父であるからこそ、高校球児たちの悩みや、親たちの戸惑い、不安も理解できる。野球講演家の年中夢球氏が2月16日、東京都内で開催された自身の著書『高校球児が孝行球児になる日』(日本写真企画)の出版記念トークイベントに登場。本のタイトルにちなみ、「孝行球児になるための親の心構え」を熱く語った。

「高校野球ともなれば、うまい選手はたくさんいます。でも必要とされているのは心の強い選手です」

 と、年中夢球氏は言う。では、“心が強い”とはどういう選手なのか。「普段の生活が本当に大事。日頃の姿勢がプレーに現れる」と指摘する。

「たとえば部屋が汚い、野球のカバンに1週間前のおにぎりが入っているような子、スパイクの紐をほどいてきちんと結ぶこともせずに、(つま先を)トントン履く子、こういう選手たちに共通しているのが“面倒くさい”です。いい加減な生活をしている子が、野球をする時だけきちんと丁寧にプレーできるでしょうか。試合の時でさえ、ふとした瞬間に“面倒くさい”という意識がよぎり、緩慢な、惰性のプレーにつながってしまうでしょう。普段の時と野球の時との自分が、同じ人間でなければいけません」

 面倒くさいと思っている子も、親や指導者が見ている前ではやることはやる。一例として年中夢球氏は素振りを挙げる。積極的な子は誰に言われなくても、誰も見ていなくても、一生懸命に素振りをする。面倒くさいなと思っている子は、誰かに見られている時にだけ素振りをする。

「それは“素振り”ではなく、“そぶり”です」

 この言葉に参加した保護者や指導者はみな、大きくうなずいていた。と、同時に多くの親が「でも、普段の生活をまじめに過ごさせようとしても、親の話を聞いてくれない」とも思ったのではないだろうか。思春期から高校生くらいまでの子どもは、そもそも親が諭そうにも耳を貸さないことも多い。

「確かに高校生にもなったら親の言うことは聞かなくなってきますよね。たとえ聞いたとしても、怒られるのが嫌だから、うるさいからとその場だけとりつくろって終わり。これでは“面倒くさい”から抜け出せません」

 大事なのは自分で気づくこと。そのために必要なのが「挫折スイッチ」だと続けた。

挫折スルーと挫折スイッチ…生まれ変わるきっかけになることが大事

 年中夢球氏が語った、「挫折スイッチ」と「挫折スルー」は印象に残った言葉だ。

「リトルリーグで、ある選手がエラーをしてサヨナラ負けになりました。彼は日頃からグラブを引いてしまう癖があって、何度も指摘されていたが直らなかった。試合に負けたのは、その子だけのせいではありません。でも、あえて彼に真剣に話をしました」

「お前がグラブを引いてエラーをしたから負けた。これをスルーしたら、野球が嫌いになったり、思い出したくないと思ったり、挫折はトラウマになってしまう。でも、明日から『絶対にグラブは引かない』と心に刻み込んで練習に励んだら、お前にとって失敗ではなく、素晴らしい気づきを与えてくれた試合として残るはずだ、と」

 この選手は大きな挫折を味わったものの、その後、自ら積極的に練習をし、グラブを引く癖も直した。そして、卒団式の場で、他の選手が優勝した試合を思い出のゲームとして挙げる中、彼は自分の失策で敗れたこの試合について語ったそうだ。

 失敗と挫折をどう活かすか。「挫折がスイッチとなって、その子の思考を変える。野球に向かう姿勢、生まれ変わるきっかけになることが大事」と年中夢球氏。挫折はまさにターニングポイントになる。

 この日は年中夢球氏の子息も特別ゲストとして登壇した。彼自身のリアルな「挫折」体験についてこう語っている。

「大学1年の秋にエラーを2つして、メンバー外になって野球をやめたくなりました。巨人に入団した菊地(大稀)投手が投げていたのですが、見たことがないボールがきて、全く手が出ない、打てない、もう無理だなと落ち込みもしました。2つのエラー、そして到底追いつけないような相手との対戦は、自分にとって決定的な挫折だったけれど、ひたすら考えて向き合っているうちに、『違う、こういう素晴らしい選手と対戦できること自体がすごいのだ』と気づきました。それから自分で深く考えて野球を行うようになって、ようやく挫折を乗り越えました」

 彼はスレンダーで、食べても体重が増えずに悩んでいた。ご飯9合を無理やり食べても体重が増えなかった。しかし、この挫折をきっかけに野球の取り組み方も変えたところ、体重もみるみる増えたという。

「勝手な想像ですが、もっと体を大きくして力強くなろうと自ら進んで食べたことで、体も素直に受け止め、体重も増えたのかなと思っています。挫折スイッチで変化がおき、誰かにやらされるのではなく、自分で考え、その考えを素直に受け止めたとき、体も心も反応したのだと今は思っています」

 彼は現在、コーチとして後輩たちの指導にあたっている。

「見張る親・見守る親」…その違いが高校球児の成長に影響

 指導者や親が、野球をする子どもとどう向き合うかは重要だ。

 挫折させたくないからと、子どもを見張る親や指導者もいる。子どもにつらい思いをさせたくないと先回りして、挫折させないようにしてしまう場合もある。しかし、年中夢球氏はこう語る。

「挫折という経験を知らない子や、挫折に気づかなかった子は、カラカラに乾いた木です。ちょっとしたことでポキリと折れてしまう。一方でたくさん泣いて、たくさん汗をかいてきた子は湿った木であり、折れそうでなかなか折れません」

「なんでも親や指導者が指示したり強制したりして従わせるだけだったら、子どもは自分で判断しなくなってしまいます。グラウンドで一瞬のプレーを決断するのは、選手自身。野球だけでなく、人生すべてにおいて自立するためにも、挫折をきっかけに自ら考え、決める力をつけてほしいと思っています」

 親は今この瞬間の失敗を避けようとするのではなく、あるいは見張るのではなく、将来にわたって強く生き抜く力を育むためにも、挫折こそ「大きく成長できる機会」だと捉えたい。そのためにも、親が先回りして、考える力を奪わないでほしい。親は見張るのではなく、見守ってあげほしい、と年中夢球氏。そしてこう続けた。

「家は子どもにとって基地です。エネルギーをたくわえる場所。あたたかいお風呂、あたたかい食事、あたたかいお布団。なにより、あたたかい言葉で子どもを迎え、見守ってあげてください」

(大橋礼 / Rei Ohashi)

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