最後の夏なのに…球場に「わが子の姿がない」 “好き”を貫き通した高校球児の献身

トークイベントで登壇した野球講演家の年中夢球氏【写真:高橋幸司】
トークイベントで登壇した野球講演家の年中夢球氏【写真:高橋幸司】

“高校球児”としてやり遂げるのは「奇跡」…当たり前ではないと年中夢球氏

 学童野球や硬式クラブチームでの指導経験、野球少年を育ててきた父としての実体験を基に、多くの保護者・指導者、選手のメンタル面をサポートしている野球講演家の年中夢球氏が、2月16日、東京都内で開催された、自身の著書『高校球児が孝行球児になる日』(日本写真企画)の出版記念トークイベントに登場。「孝行球児になるための親の心構え」をテーマに、「子どもたちが高校野球を最後までやりとげる、これは本当に大変なことです」と熱く語った。

 高校野球では、高1の冬が最も「やめたい」と思う選手が増えるという。監督と合わないとか、練習の成果が試合に出ないとか、選手にとって面白くないことも多々出てくる。だからこそ、野球が好きだという気持ちを持ち続け、3年夏までやりとげることは「奇跡なんです」と年中夢球氏。そして、ある親が経験したエピソードを語った。

「高3の夏、予選大会に応援に行くとわが子の姿がない。ベンチにもスタンドの応援席にもいない。実はその子は、自分たちのチームが勝ち進むと信じて、仲間を信じて、次に対戦するチームの偵察に行っていたのです」

「グラウンド上で活躍する選手もいる一方で、地道にひたむきに他のチームの試合を見てデータを集める選手もいる。野球が好きだからできるのです。最後の最後まで、彼も一緒に、奇跡への道を歩んだ素晴らしい選手のひとりです」

 そんな奇跡を遂げるためにも、年中夢球氏は親の心構えとして、「レギュラーだとかベンチ入りだとか、結果だけで判断することはやめて、子どもの努力や頑張っているプロセスをもっと見てほしい」と語る。

「子どもは無視しているように見えて、親をよく見ています」

「なぜうちの子はベンチ入りできないのか」「なぜうちの子はあんなに頑張っているのにレギュラーになれないのか」

 高校生に限らず小学生でも中学生でも、こんなことを思い悶々とする球児の親もいるだろうし、時には口に出して監督や指導者に詰め寄る場面もあるかもしれない。

「どうしたの、何があったの。打てなかったの? エラーしたの? 監督に怒られた?」

 逆に、帰宅した子どもに対し、言い募ってしまうこともあるかもしれない。

 畳み掛けるように子どもに問いかけ、答えを待つ間もなく「それじゃレギュラーになれないよ」などと、つい余計なひと言を口にしてしまう。子どもは外でも家でもプレッシャーをかけられ、重さに耐えきれなくなってしまう。

「子どもは無視しているように見えても、親の言葉を聞いていますし、親をよく見ています」と年中夢球氏。

 親の顔色や気持ちを伺っているだけではない。部活や練習のたびに大きな弁当をめいっぱい詰めてくれた姿、寒い冬にも応援に来てくれた姿。ユニホームやソックスを両腕に抱えて洗濯機に投げ込み、少しでも栄養がつくものをと、仕事帰りで着替えもせずに大急ぎでごはんの支度をする姿。そして夜遅くに、ピンっとユニホームをひっぱって干す姿……。子どもは全部ちゃんと見ている。

 その瞬間はわからなくても、子どもは親の姿を無意識に胸に刻みながら成長していく。そして高校最後の夏が終わると、選手たちの胸に、わが子のためにと奮闘してきた親への感謝が芽生えてくる。あるいはもっと先になったとしても、「あのとき、親がずっと見守ってきてくれたこと、選手生活を支えてくれたこと」に感謝する時がくるだろう。

 だからこそ、親は自分の希望や要求を押し付けるのではなく、あくまで子どもに寄り添い続けてあげたい。それが、選手たちが最後まで高校野球をやり遂げる力にもなる。

高3の最後まで甲子園を目指す戦いができるのは決して“当たり前”ではない(写真はイメージ)
高3の最後まで甲子園を目指す戦いができるのは決して“当たり前”ではない(写真はイメージ)

強制される「ありがとうございました」は本当の感謝ではない

 年中夢球氏は「感謝」について、もうひとつのエピソードを語ってくれた。

「指導者に言われて、形式的に帽子をとってグラウンドに一礼する。でも、そこに本当の感謝はあるのでしょうか。感謝とは、このグラウンドを整備してくれた人へ、練習場を確保してくれたチームのスタッフや保護者へ、あるいは野球を存分にやれる環境を与えてくれたことへ、そうした気持ちを持っていてこそ、本当の意味で『感謝』の気持ちで一礼ができるのではないでしょうか」

「とにかく並べ」「いいから並んで礼をしろ」と、形の強要ばかりをする指導者から、子どもたちは感謝することの大切さを学べるだろうか。ありがとうと言う前に、誰に、なにを、どんなことを、ありがたく思っているのかを心に浮かべてこそ、自然と頭を垂れることにつながると、年中夢球氏は語る。

「新型コロナウイルス感染症の影響で、野球に限らず多くの子どもたちが、大切な経験をする機会を奪われました。私も次男の高校野球最後の夏を見ることは叶わなかった。とても残念に思いました。と同時に、野球が存分にできる、子どもたちを存分に応援できる、それだけでも感謝すべきことなのだと改めて感じました」

 世の中はコロナ禍前のように動き出している。ともすれば、忘れてしまいそうになるが、今まで当然だと思っていたことが、当然のようにできるわけではないことを私たちはパンデミックの最中にたくさん見てきた。

 今、野球をしていることは、あるいはできることは、当たり前ではない。

 今日もバットケースとエナメルのスポーツバッグをつかんでグラウンドに向かう、元気だが繊細で、弱音をのみ込んで強気なフリをする、生意気盛りの高校生。

 そんな彼らが、奇跡に向かって進んでいける世の中であり続けることを願わずにはいられない。高校球児も、その親や指導者にも悩みは尽きないかもしれないが、まずは当たり前に野球ができることに感謝し、野球が好きでグラウンドに立ち続けていられるよう見守っていけたら。そう感じさせる、年中夢球氏の熱い言葉の数々だった。

(大橋礼 / Rei Ohashi)

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