バレンティン、悲しみの“4連投” つば九郎担当死去で追悼「ベストフレンド」
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つば九郎は1994年4月9日にデビュー…今年2月のキャンプでも姿を見せた
悲しみが広がっている。ヤクルトは19日、球団マスコットの「つば九郎」の担当者が死去したと発表した。12球団のマスコットの中でも抜群の知名度を誇り、愛された人気者との突然の別れ。“親友”でもあった元ヤクルトのウラディミール・バレンティン氏も追悼している。
つば九郎は1994年4月9日の阪神戦(神宮)でデビュー。神宮での試合で5回終了後に行われる名物の「空中くるりんぱ」やフリップボードを用いたブラックジョークなど、愛らしい見た目とは異なる“人間性”でも人気を集めた。
ヤクルトは19日、公式サイトで「これまで、つば九郎を支えてきた社員スタッフが永眠いたしました。球団マスコットとして、ここまで育ててくれた功績に感謝と敬意を表します。体調不良の発表以来、温かい励ましのお言葉をたくさん頂戴し、誠にありがとうございました」「なお、皆さまにおかれましては、故人のプライバシーを尊重し、温かく見守りくださいますようお願い申しあげます」と発表。今後の活動については、しばらくの間休止となるとも伝えた。
訃報に際し、球団関係者らも追悼の意を述べる中、“4連投”で悲しみを伝えたのがバレンティン氏だ。2011年からヤクルトでプレーし、2013年にはNPB記録となるシーズン60本塁打をマークした。つば九郎とはフィールド内でもよく絡み合う仲良しぶりも話題だった。“親友”との別れにバレンティン氏は自身のインスタグラムのストーリーズ機能を4本連続で更新。ファンからのつば九郎と映った写真も引用しつつ、「安らかに眠って ベストフレンド」とコメントしていた。