特別だった巨人戦「できるだけ長く」 忘れぬ快音…中継が捉えた“珍事”「ライトでこけた」|球界群像 西田真二#17

元広島・西田真二氏【写真:山口真司】元広島・西田真二氏【写真:山口真司】

元広島・西田氏の転機となった山本浩二監督就任

 チャンスをつかんだ。元広島外野手の西田真二氏(野球評論家、香川オリーブガイナーズアドバイザー)は、1989年シーズンからの山本浩二監督体制下で飛躍した。それまでは代打中心の起用だったのが、先発出場が増加。結果も出し、1990年はプロ8年目にして初めて開幕スタメンで起用された。そんな中、巨人戦では特別な“アクション”も起こしていたという。「当時はBS(デジタル)放送もなかったし、テレビは巨人戦が中心だったからね」と言って笑みをこぼした。

 法大の先輩でもある山本監督の下で、西田氏はスタメンでも力を存分に発揮した。前年(1988年)秋季キャンプで「トラ(西田氏の愛称)! (スタメンの)チャンスをやるから頑張ってみろ!」とゲキを飛ばされてやる気になった。ハードな練習を積み重ね、課題だった守備力向上にも取り組んだ。開幕の阪神戦(4月8日、広島)こそ代打だったが、4月12日の大洋戦(横浜)では、偵察要員・白武佳久投手を経て“実質スタメン”といえる5番左翼で起用されると、3打数3安打と活躍した。

 4月15日の巨人戦(東京ドーム)でも4打数3安打1打点。先発出場した2試合連続で猛打賞をマークし、以降はスタメン起用が中心となった。4月22日の中日戦(広島)では小野和幸投手から1号3ラン。チームは4月17日から29日まで10連勝を記録したが、その間、西田氏が欠場したのは1試合だけだった。

「浩二さんは状態のいい選手を使っていたんじゃないかな。あまり固定していなかったような気がする。でもね、不思議なんだけど、スタメンの時のことは、あまり覚えていないんですよねぇ。やっぱり集中していなかったのかな」と笑うが、結果を出したことでスタメンは増えていった。6番右翼で出場した9月9日の巨人戦(広島)では、0-0の9回裏に先発の斎藤雅樹投手からサヨナラアーチをかっ飛ばした。

 10月1日の阪神戦(甲子園)では代打で本塁打。「それはよく覚えている。甲子園のバックスクリーンに打ったと思う。で、10万円をもらったんじゃなかったかな。やっぱりね、代打で打った方が印象に残っているんですよ」と話したが、その存在感は増すばかり。1989年、チームは貯金22ながら2位に終わったが、西田氏の成績は82試合で200打数71安打の打率.355、9本塁打、27打点。まさに自力で“新境地”を切り開いた。

巨人戦で忘れぬ“敬遠球”…TV中継が捉えた西田氏の転倒

 翌年のプロ8年目は、4月7日の開幕・阪神戦(広島)に6番右翼で出場。初の開幕スタメンの座をつかんだ。中西清起投手に完封されて、0-9の大敗だったが3打数1安打。「あの試合はライトの守備で、フライを捕りにいって(一塁手の小早川毅彦内野手と)激突したんだよねぇ」と思わぬ事態にもなったが、大事に至らず、そんなアクシデントも乗り越えて、前年同様に西田氏の躍進は続いた。

 特に巨人戦には力が入ったという。「あの当時のテレビ中継は巨人戦が中心だったからね。ジャイアンツとやるときは、できるだけ長くバッターボックスに入るとか、そういうことをやっていましたよ。テレビに映るためにね」と“特別”だったそうだ。「あの頃の人たちはみんな、やっていたんじゃないのかなぁ」と笑いながら振り返ったが、全国ネット中継に自然と気合も入っていたようだ。

「(広島の)金石(昭人投手)が、(巨人のウォーレン・)クロマティ(外野手)に敬遠のボールを打たれて、俺がライトでこけたっていうのもあったけどね」。1990年6月2日の巨人戦(東京ドーム)、1-1の9回裏2死二塁。植田幸弘捕手は立ち上がっていたが、金石が投じた初球の外角高めの“敬遠球”をクロマティが叩いて右越えサヨナラ打。その際、打球を追った西田氏は捕れずに転倒し、それもテレビ中継に……。もちろん、必死にプレーした証し。この先、4番打者を務めるなど、西田氏は一振り稼業時代とは違う姿をどんどん見せていった。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

球界群像〜西田真二編〜

“名門”廃部に「寂しい思いがある」 新人王ら輩出も…長き指導者人生、明かした最後の夢|球界群像 西田真二#27四国からNPBへ…名選手を輩出できるワケ 実感する独立Lの難しさ、元広島4番が語る魅力|球界群像 西田真二#26ドラ6から名球会入り…“想定外”だった覚醒 2軍落ちに猛反対、コーチの決死の思い|球界群像 西田真二#25「思いつき」でトレード打診→「もういいです」 合意目前で辞退…幻に終わった鷹移籍|球界群像 西田真二#24全力疾走で左足が“プチーッ” 神宮から救急車で搬送…34歳で覚悟した2文字「俺も終わった」|球界群像 西田真二#232軍降格なのに「楽しかった」 元広島4番の“後悔”…また戻った代打稼業「それも人生」|球界群像 西田真二#22開幕4番も…失い始めた居場所 “押し付けられた”大役、通じなかった「嫌だ」|球界群像 西田真二#21首脳陣の打診も拒否「僕はいいです」 自ら捨てた勲章…悔やんだ“決断”「自業自得」|球界群像 西田真二#20巨人戦で4番起用→1打席目で「いきなり代えられた」 明かした真相…悔しさ糧に克服した“弱点”|球界群像 西田真二#19大寝坊で取り残された金沢…電車で帰広→課せられた罰金 直後に告げられた“初”「えーーっ」|球界群像 西田真二#18

RECOMMEND

CATEGORY