ドラ6から名球会入り…“想定外”だった覚醒 2軍落ちに猛反対、コーチの決死の思い|球界群像 西田真二#25
元広島・西田真二氏【写真:山口真司】元広島の西田真二氏がコーチ時代を振り返った
元広島4番打者の西田真二氏(野球評論家、香川オリーブガイナーズアドバイザー)は1999年シーズンからの広島・達川光男監督体制で1軍打撃コーチとして入閣した。1995年限りで現役を引退し、3年間の野球評論家業を経ての指導者人生のスタートだった。いろんな思い出があるなか、強く印象に残っているのは駒大から1998年ドラフト6位入団の新井貴浩内野手(現広島監督)のことだという。「あそこまでの選手になるとは思っていなかったけどね」と感慨深そうに話した。
達川カープの1軍打撃コーチに就任した西田氏は背番号88をつけた。「末広がりの8、8だし、(法大)先輩の(山本)浩二さんの(広島監督時代の背番号)88ってこともあってね」。1軍の投手コーチは大野豊氏と川端順氏、内野守備走塁コーチは正田耕三氏と気心の知れた先輩、後輩とともに達川監督を支えるべく、再びカープのユニホームに袖を通した。「この頃のチームも転換期で達川さんも大変だったと思いますけどね」。
ヘッドコーチは“鬼軍曹”大下剛史氏が務め、厳しい指導で幕を開けた。「試合が終わった後のスタッフミーティング、大下さんは長いんでね。みんな早く寝たいんだけど、食事しながら3時間くらい、飲んでね。鍋が熱いとか、ビールが冷たいとか、いろいろあったけど、それもいい思い出だね」と西田氏は笑みを浮かべた。「我々が選手の時に大下さんはこういうことを思いながらやっていたんだなと思った。厳しい中に愛情があった。それが時代に合っていたかは別にしてね」とも話した。
金本と緒方にも衝撃…控え時代から著しく成長
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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